黒子たちの住む家にはエアコンがない。夏は暑いが部屋の窓を開けていれば風がよく通るし、ここら一帯の地域は湿度が低く蒸した感じがしないため、過ごしやすい。冬になれば炬燵やストーブをだすことはあるが、暖房をいれなければならないほど震えることはなかった。
 何より、三人で固まっていれば寒くないだろ? というのは赤司の言だ。
 その言葉を有言実行するかのように冬になると必ず三人川の字で眠るというルールが出来た。人肌は文明の利器を遥かに凌駕する暖かさがあると知ったのは、二人のおかげだ。
 けれど、その左右の湯たんぽの力をもってしてもその日の朝はとても寒く感じられた。普段であれば一番遅くに目が覚める黒子の意識が唐突に浮上する。ぱちぱちと瞬きをして、頬を刺す空気の冷たさに身震いした。 
 吐きだした息は当然のように白く染まり、空気に溶けていく。
「寒いです……」
 ぬくぬくと暖かい布団に身を沈める。しかし、すぐにある問題に気づく。
「トイレ…いきたい…」
 寒くなるとどうも尿意が近くなる。二度寝の誘惑は魅力的ではあったが、黒子は渋々布団から抜け出してトイレへと向かった。
 素足で踏みしめる木の廊下は氷のように冷たく、靴下だけでも履いてくればよかったと後悔する。
 とっとと済ませてしまおうと早足で歩く廊下から臨むことが出来る庭にちら、と目を配せた瞬間、黒子の視線は外へ釘付けになった。
「雪……!」
 都会ではそうそう目にかかることのない、誰にも踏み荒らされていない美しい白銀のベールがそこにあった。寒さや尿意など吹き飛んだ黒子は、急ぎ足で寝室へと戻ると、赤司と緑間の肩を叩いた。
「緑間くん、赤司くん、起きてください。凄いです。外、凄いですよ!」
「うう……黒子? まだ五時半なのに、随分と早起きじゃないか……」
 黒子に強引な起床を促された赤司が瞼をこすりながら時計をみて、ため息をついた。欠伸を噛み殺しながら起き上がって、瞼を眠そうにこすっている。
「朝から一体なんの騒ぎなのだよ…」
 緑間も眠そうではあるが、手探りで枕元の眼鏡を探していた。丁度黒子の手元にあったそれを手渡すとのっそりと起き上がってため息をつく。
 寒さが身に堪えるのか、テンションの低い二人の手を取った。黒子は興奮冷めやらぬ面持ちで布団から出たがらない二人を引っ張って、窓の外を見せる。
 すると、二人共息を呑んで感嘆の声をあげた。
「これは……確かに凄い光景だね。一面の銀世界。情緒ある光景じゃないか」
「テレビで雪が振ると予報していたことをすっかり忘れていたのだよ」
「ボク、ずっと都会暮らしだったのでこんなに綺麗に積もった雪は初めてみました」
 全てを捨てて三人で住み慣れた街を離れようと決めた時は、周囲はとても反対した。後悔すると口々に説得する声に、それでも三人は不便があってもいいから自由が欲しいと今住んでいる村に越してきたのである。
 赤司と、緑間がそばにいる。三人でしんしんと降り積もる雪を眺めながら、この先も後悔することはないと確信していた。
「雪が止んだら、外で遊びましょう。ボクは雪合戦をしてみたいです」
「年甲斐もなく雪合戦なんて、黒子らしいな」
「いいじゃないですか。年相応の時に出来なかったことを今しましょう」
「俺の命中率は雪合戦でもおちんぞ」
「しょうがない。その代わり、負けた奴は薪割りだ」
「絶対負けません」
 感動を分かちあったことで寒さが戻ってきた。三人同時にぶるりと身体を震わせて、その前に朝支度だと苦笑する。腹が減っては戦ができぬのだ。



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