白きは正義

桐生は青空広がる美しい海の沖縄に帰ってきていた。飛行機の隣に座るだいこは傷だらけの手で窓に手をついて目の前に広がる風景を眺めた。
キラキラと瞳を輝かせながら向こう側の海を眺めるだいこは、まるで小さい子どもだ。

「桐生!海って綺麗なんだなあ!」
「アサガオの前は海があるんだ。」
「いいなあ。早くアサガオ連れてけよ!」

飛行機からおりても忙しないだいこだったが、空腹には耐えられなかったらしく、途中から歩くペースが落ちていた。
「死ぬ・・・。」と呟くだいこの背中を押し、アサガオで用意してある御馳走の事を話すと、がっくしとしていた背中が嘘のように伸びた。

しばらく歩いてもう限界だと駄々をこねるだいこを引きずって、すぐそこのアサガオに入った。
アサガオの子供たちにこんなに歓迎されるとは思っていなかったのか、だいこは照れた様子でどうすればいいかわからないようだった。

まず、どうしてだいこと桐生が共に沖縄へ帰還したのかというと、それは大吾が言い出したことだった。
今回の事件で、怪我を負ってしまっただいこの事を聞きつけ、大吾は相当心配したようだった。
目が覚めただいこはだいこで「もっと強くならないとな」と言うばかりで、ついに大吾は怒りのボルテージを超えたらしかった。
大吾からは「だいこに沖縄の子たちを見習わせてやってください」と言われ、だいこのためにも沖縄へ行くことにした。
それはだいこの気分転換ということもあるし、勿論アサガオの子供たちと過ごすことで何か変わるかもしれないという希望もあったからだ。
そして何より、ずっと見たがっていた海を見せてやりたいという事だった。大吾からはだいこを想う気持ちが伝わってきて、桐生は頷かずにはいられなかった。
当のだいこは初めての大きな旅行に断わるわけもなく、沖縄を楽しみに支度をはじめていたのであった。

「だいこお姉ちゃん、遊ぼう!」
「えっ、あっ、おう!」
「こら、まずご飯でしょ?」

だいこが戸惑っていると、だいこよりも遥かに歳が離れているのに、どこか大人らしい遥が助けた。
そんな遥の様子に、だいこは目を丸くしているばかりだった。
今日のお昼は沖縄料理尽くしで、だいこは初めて見る料理に目を輝かせながら口に運んだ。

「よかったあ。気に入ってもらえたみたい。」
「遥、助かった。」

上着を脱いで涼しげな格好になっただいこの肌には、どこにも墨は要れていない様に見えた。案の定、大吾が入れるなとしつこかったのだろう。

「ご飯食ったら、みんなで一緒に遊ぼう!」
「やったー!お姉ちゃん、何して遊ぶ?」
「海で遊びたい!」
「だいこは沖縄に来る前から海に行きたかったがってたもんな。」

塀の向こうには海がある。そう考えただけでそわそわして仕方ないようだ。
食糧を腹に入れただいこは、休む暇もなく子どものように海へと向かって駆けだした。

「うわああ、こんなに綺麗なんだあ・・・。」
「気に入ったか?」

目をキラキラと輝かせてそのまま海の中に入ろうとするだいこを制止した桐生を、不機嫌そうな顔でだいこは見た。
「靴がぬれちまう」というと、適当に靴を砂浜に投げて、服がぬれるのも気にせずざぶざぶと海に入っていく。
制止も無駄だったようで、東京から来ていた服は頭からつま先までずぶ濡れになり、桐生はため息をついた。
水の中の小さな魚を追って、走りにくい水中をもがくだいこを、だいこの気が済むまでやらせていた。
ついには水の中にもぐり、泳ぎ始めたではないか。流石に桐生も止めにかかろうとしたが、だいこは上着を桐生の元に投げるだけだった。
水を吸って重くなった上着を脱ぐと、綺麗な身体のラインにくっついてなんだか艶めかしいだいこが桐生の目に入った。
桐生は目のやり場もなく、急いで背中を向けた。あんなに男のようなやつだったのに、やはり根本は女なのである。
時間が許すまで遊んだだいこが桐生の元へ駆け寄ってくる時も、桐生に同じような動揺を与えるだいこであった。
桐生は予想以上にふくよかなだいこの胸を目の当たりにすると、急いで自分のアロハシャツを脱いでだいこに着せた。

「何、桐生どうしたんだ?」
「いや・・・お前・・・兎に角羽織ってろ。全く。」
「意味わかんねー。でも寒かったからサンキュ!桐生のシャツあったかいな!」

まるで悪気のない笑顔は、桐生の心臓をズキと痛めた。桐生はなんだか、不健全な事を考えている自分がとても情けなくなった。
何も気づかずにアサガオに戻ると、だいこを見て急いで風呂に入れさせる遥に、何か服を買いに行かせた。
全く女っ気がないのか、それとも自分が女だという自覚が足りてないのか、開けっ放しの脱衣所の扉の奥を見ると、濡れた服や下着がだらしなく落とされていた。
そのまるで父親のような感情を抱いた上半身裸の桐生は、何も言わずにため息をついて新しいシャツを探しに出かけた。











「おじさん、買ってきたよ。」
「ああ遥、わざわざ悪いな。」
「ううん!楽しかったよ!」
「?」

「あがったぞー!」

だいこのその声は、おそらく風呂から出たという事なのだろう。その声に反応した遥は急いでだいこの元に行くと「ダメだよ!今服持ってくるから!」と制止していた。
チラ、と見えただいこは、替えの下着は持ってきていたようで、まるで似合わないような似合うような、可愛らしい下着姿だった。
あとでだいこに説教しなければいけないと思う桐生であったが、服を着終わっただいこを一目見ると、もうそんな感情は忘れていた。

「ちょ、ちょっとかわいすぎじゃないか?」
「似合ってるよ!ねえ、おじさん。」
「あ、ああ。なかなかだな。」

遥が買ってきたのは可愛らしい淡い色のワンピースで、少し照れながら濡れた頭をがしがしと掻く姿は本当に不釣合いだった。
桐生の横に座っただいこを上から見る。海から出てきたときに見たその胸は本当に予想以上で、服のせいもあって、なかなか際どい。
もはや仏のように精神を統一した桐生は、完全に頭が真っ白であった。











「おいだいこ」
「んあ?」

ひらひらとスカートをたなびかせて振り向いただいこに、桐生は忘れていたお説教をしようとしていたのだった。
月が出ている空を眺めながら、だいこは座っていた。黙っていれば、まるで別人のようだった。

「お前、自分が女だって自覚あんのか?」
「・・・おう。」

おや。いつもとは違う素直な反応に、桐生はうろたえる。そのうえいつもとは声のトーンも違い、違和感を感じる。
気に障る事だっただろうか。しかしこの事に関してはきちんとしなければならない。桐生は少し優しく声をかける。

「お前だって女なんだ。あまり無防備な事はするんじゃない。」
「・・・・。」
「どうした?」

桐生は黙ったままのだいこに声をかけた。
反応のないだいこを見てみると、少し瞳が潤んでいた。

「・・・そんなのわかってるよ。でも、私は強くなりたいんだ。弱くて見下されるのはもう嫌なんだ。」
「だいこ・・・。」
「・・・ごめん。いろいろあったんだよ。家がヤクザだって学校の男子にバレたり、大事な友達を守れなかったり・・・。」

学校の男子に「お前はヤクザのくせによわっちい」とか「弱虫ヤクザ」とか馬鹿にされてそれが嫌だったり、数少ない女友達を極道関係のヤツに手を出されたのに守れなかったり。
だいこの環境はいいものとはいえるものではなく、男らしく強く逞しく生きようと考えが変わるのも無理はないと同情した桐生にだいこは虚しく笑った。

「女らしくって、どうすればいいんだろうな。もうわからなくなっちまって。」
「・・・・・」
「・・・って、こんな事言ってても仕方ないよな。私は私だし、そういう所はなるべく気を付けるようにするさ。おやすみ。」

だいこの完璧ともいえる笑顔は、この長い時間の中で必死に作られてきたものだとなぜか思わせた。
桐生は、きっと彼女は頼り方を知らないのだ。と月を見てそう思った。











東京に戻ってきてからというもの、桐生はだいこの事をひたすら心配していた。
最後にみた完璧な笑顔と、いつも通りのだいこを見て、どこか胸をざわつかせていた。
たまに酒を飲みに行く二人は、ただただ楽しい会話を続けているばかりだったので、突然の大吾の言葉に、桐生は驚きを隠せずにいた。

「だいこに見合いの話が来てるんですよ。」
「何・・・?」
「東北のデカい極道組織の組長らしいんですが、俺はどうもまだ納得できず・・・。」
「・・・で、だいこはどうしたんだ。」
「え、聞いてないんですか?」

大吾は目を若干見開いた。その大吾の言葉に桐生はだいこへの不信な思いが揺れた。

「あいつ、何にも言わずにずっと考えてるみたいなんですよ。いつもどこか上の空で・・・。」

らしくないから気持ち悪いんですよね。と素直ではない言い方をする大吾にだいこの姿を重ねていた。
だいことは会っていたが、特にそんな様子はなく、普通に酒を飲んでいた記憶しかない。なぜ話してくれなかったのだろう。だいこはこの件に対してどう思っているのだろう。
急にそんな気持ちで胸がいっぱいになり、桐生は耐えきれず携帯を開いた。
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