だいぶ日が暮れてきて、夕日が周りの景色を染める頃。
教会の扉が静かに開いた。
細長い影が伸びて、また徐々に縮んでいく。
ガタン、と重々しい音と共に扉が閉まった。
祭壇の方へと歩いてくるその人影に、私はおずおずと声をかけた。
「あの…名前さん…!こ、こんにちは…っ!」
「こんにちは、求導師さま」
そう言って、名前さんは微笑んだ。
段々と顔が熱くなっていくのを頭の隅で感じながらも再び私は名前さんへ話しかけた。
「えっ…と、さ…最近だいぶ涼しくなって、きましたね…」
「えぇ、過ごしやすくていいですね。夜は肌寒い時もありますので、体調にはお気をつけて下さいね」
「あっ…ありがとうございます…!え、と、名前さんも風邪を引かないようにして下さいね…!」
「ふふっお気遣いありがとうございます」
そう言って、名前さんはまた微笑んだ。
たったそれだけのことで私の心臓は早鐘のように鳴っている。
静かになった教会内でチャリチャリと金属が擦れ合う音が微かに響き渡った。
名前さんがマナ字架のついたネックレスを両手で握りお祈りを始めた。
まるで聖母のような雰囲気を放つ名前さんをしばらく眺めてから、私もお祈りを捧げることにした。
「あっ、求導師さますいません…。お祈りに付き合わせてしまって…」
「いえ…そんな、お気になさらないで下さいっ…!」
ありがとうございました、と頭を下げる名前さんにあたふたとしながら私はあることを思い出した。
「あの、名前さんっ!もしよろしければ…この、お花…貰って下さいっ」
ベンチに置いておいた数本の花束を手早く掴んで、名前さんへと向ける。
名前さんは感嘆の声を上げて花束へと手をのばした。
微かに触れた手と手の感触がなんだか静電気のように感じ、頬に熱が集まっていく。
「わあっ綺麗な彼岸花ですね…!」
「教会裏の庭で凄く綺麗に咲いていたので、名前さんに、あ、あげたいなって思いまして…」
「すいません、わざわざありがとうございますっ!」
にっこりと微笑む名前さんにつられて私も自然と顔が綻ぶ。
「だいぶ日が沈んできたので、そろそろ帰りますね…!」
「ええ、お気をつけて帰って下さい」
教会の扉に向かって歩いていく名前さんを見送りするのに後ろからついていく間、私はずっとあることを考えていた。
口にしようかどうしようか思っていると、甲高い音をたてて扉が開いてしまった。
「名前さ、ん…あの…」
「はい?」
「え、とその…ま、また明日…!」
「ええ、それではまた明日」
結局私の口から出たのはそんな別れ文句だった。
扉が閉まり切ってから溜め息が長く吐き出された。
肝心なことが言えなかったことを後悔しながら、私も自宅に帰る準備を始めた。
これで伝わればいいのに
(私の不器用な愛情表現)
彼岸花の花言葉は「想うはあなた一人」だそうです
(12/03/15)