Sing out love! (ut☆pr) | ナノ

10




〔side 翔〕



 茜色に染まる教室に佇む少女に、一瞬目を奪われた。

 何か考え事をしているのだろうか。こちらに背を向けているので分からないが、手元の何かを見つめる背中はどこか儚さを感じさせた。

 まるでそこだけ時間が止まっているような、名画のような美しい光景。

 しかし、彼女が手に持った何かを鞄に入れたことで、この切り取られたような世界に時間が戻ってきた。

 ーーまずい。

 別に何もまずいことをしている訳ではないのだが、咄嗟にそう思った。

 見つめていたのがばれたら気まずいし、恥ずかしい。一番の理由はそれだった。

 もしかしたら、忘れ物を取りに来たのかもしれない。もし本当にそうだとしたら、鞄に入れたものが忘れ物=もう帰る。つまり彼女が振り返る。

 彼女が振り返る前に、慌てて言葉を紡ぐ。



「ーーおぅ、行平じゃん。どうした?一人でこんなとこで」



 いかにも今さっき通り掛かった体で声をかけると、行平の肩が大きく跳ねた。この時間じゃ誰もいないと思っていただろうし、驚かせてしまったらしい。

 行平は翔に向かって振り返ると、「ちょっと、忘れ物しちゃって」と言って苦笑した。

「ははっ、俺もだ」

 そう言って笑い、右手に持ったノートを掲げる。

 すると行平に「来栖くんて、しっかり者に見えて案外おっちょこちょいですよね」なんて笑われた。

「いや、行平ほどじゃねぇし」

「私、やるときはやりますよ?」

 軽口に軽口で返してくるようになった辺り、随分と慣れてきたなと思う。そもそも人をからかってくる時点で随分な進歩だ。


「お前、最近凄く明るくなったよな」


 そう素直に伝えると、本人は何か思い当たる節でもあるのか、照れたようなばつが悪いような複雑な表情で笑った。

「何かあったか?クラスで」


 特に何か意図があった訳じゃない。

 普通に、ただ普通に成り行きに任せて彼女の転機へと話題を膨らませた。ただそれだけだった。

 しかし、彼女は急に表情を強ばらせ、「えっと、」と口ごもってしまった。

 これには翔もつられて困惑してしまう。

「あ、いや……触れて欲しくない事とかだったら別にいいんだけど」

 一応、逃げ道は用意しておく。彼女にとっても自分にとっても逃げ道と言える選択肢を。

 すると行平は曖昧に笑い、それが『言えない』の意思表示なんだとわかった。

「まぁ……色々なことがありまして。吹っ切れました」

 色々と、と濁してくる辺り、友達として少し寂しい思いはあったが、これからもっと仲を深めていけば話してくれるだろうと思い、今は何も言わないことにした。

 そこで会話が途切れ、静けさが訪れる。

 この空気をどう打破したものかと思っていると、静かだった廊下から軽快な足音が聞こえた。

「あれ?翔と……冴乃?」

 声の主は音也だった。

 音也は一瞬行平を見て不思議そうな顔をしたが、すぐに持ち前の人懐っこい笑顔を浮かべた。

「なんでこんな時間に……あ、待って、当てる!」

 一人で勝手にクイズを始めてしまう音也。翔は呆れて溜め息を吐いたが、行平は楽しそうにクスクス笑っていた。

「じゃあ、私から。さしずめ音也くんは忘れ物でもしたんでしょう」

「え、何でわかるの!?」

「お前が一番おっちょこちょいだからだ」

「何それ!?というか一番て何!?」

 今度こそ声を上げて笑いながら、行平が「私も来栖くんも忘れ物したんだ」と言う。

 それから音也を交えて、誰が一番おっちょこちょいかという他愛ない話をしながら校舎を出る。日はすっかり傾いて、辺りは薄暗くなっていた。





------*------*------*------*------

〔side 音也〕





「あれ、そういえばひよりと一緒じゃないんだ?」

「うん。なんか急にイメージが溢れてきたとかで、一心不乱に楽譜とにらめっこしてる」

「……」

「そうなんだぁ。ひよりの曲、早く聴いてみたいな。勿論、冴乃の歌もね」

「私の歌はともかくとして。私も早くひよりちゃんが作った曲聴きたいな」

「………」


 成り行きで一緒に帰ることになり、寮までの道のりを雑談を交えながらゆっくりと歩く。

 最初は三人で楽しく話していたのに、いつの間にか翔が静かになっていた。

「来栖くん?どうしーー」

「それ!」

「……へ」

 冴乃が呼び掛けると、翔が彼女を指差しながら言葉を遮った(人を指差してはいけません)。

「……お前、クラスの仲良いやつらは名前で呼んでるだろ」

「? はい」

 急に静かになって、かと思ったら今度は急に声を張り上げて、そしてまた急に言いにくそうにうつむき加減になって。

 そんな翔に冴乃は戸惑っているようだけど、音也は翔が言いたいことがわかった。


「え、なに。翔、ヤキモチ?」

「やき――っ!? はぁ!?」


 少しからかいを入れてみたら、直ぐに反応があった。これは図星だ。

 どうやら翔は冴乃のことが気になっているみたいだし、彼女の友達と言える人物の中で唯一クラスが離れているから、疎外感とかもあるのだろう。

 ここは少し、手を貸してやることにした。


「あのルールを使う時だね、冴乃」


 言うと、冴乃が顔を真っ赤にして「あれですか……」と呟いた。翔はきょとんとしている。

 まぁ、“あの”なんていかにも大それた感じの言い方をしたけれど、別にそんなに大きなことじゃない。冴乃の『お姉ちゃん』とのお約束。


「よし、じゃあ冴乃の人見知り克服ルール発動で、翔のことは名前で呼ぶこと!」


 少しだけ小走りをして、二人を振り返りながら宣言する。

 ーーあ、翔も冴乃のこと名前で呼ばないと成立しないからね。

 そう付け足すと、翔の顔が一気に赤くなった。

「は!? おま、いきなり何だし!!」

「え、だって一人仲間はずれで寂しいんでしょ?」

 そう言うと、冴乃に聞こえない程度の声で「まあ、そうだけど、」と素直に答えた。これだけ素直だとそんなに寂しかったのかと少し心配になる。


「それじゃあ、決まり」

「……おう、」

「え、ちょ、ちょっと、待って」


 久しぶりに冴乃がしどろもどろな声を上げる。


「え、待たない」

「ひどい!」

「だってここで俺が甘やかしたら例の二人に殴られかねないからね!」

「お前は教育係の差し金か!?」


 この二人はいつも律儀にリアクションを返してくれるから楽しいな。

 二人とも別に嫌がってる訳じゃない。二人とも恥ずかしがってるだけなんだ。





 そうこうしているうちに寮に着いて、この間のように無理に名前を呼ばせることなく解散になった。

「あ、名前呼び、忘れちゃ駄目だよ!ルールだから!」

 男子寮へ入っていく際、冴乃を振り返って釘を刺しておく。

 冴乃は苦笑して「イメトレしておきます」と言って音也と翔を見送った。


 翔に「イメトレって?」と聞かれたけど、後が面白そうだからそれとなく流しておいた。

「そうだ。明日のお昼、翔もおいでよ。大勢いた方が楽しいし」

 それとなく役者も揃えて、明日も一日楽しくなりそうだなと、音也は一人笑みをこぼした。








〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

拙宅の音也くんは決して黒くはありません。

天然いたずらっ子なだけなのです←


……何かもう、三人で会話させたかっただけみたいな。


2012.08.30



prev / next
[ back ]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -