05
「冴乃ー、もう起きなー」
朝7時を回った頃、ベッドで縮こまって布団にくるまっている冴乃にひよりが声をかける。
部屋の中には炊きたてのご飯と温かい味噌汁、そして目玉焼きの美味しそうな匂いが漂っている。冴乃は重たい瞼をこすりながら身体を起こした。
「……本当に、ぶっ飛んだ嗅覚と食い気よね」
まだ意識が覚醒していないぼーっとした表情の冴乃に言う。が、いつものことながら、その言葉は彼女に届いていない。
冴乃は自力で起きることもあるにはあるが、大半がこの日のように朝食の匂いにつられて身体が先に『起きる』ので、ベッドの上で『目覚める』ということがあまりな無いのだ。
「はぁ……おはよう、ひよりちゃん」
「ん、おはよう。早く食べちゃって」
「は〜い」
いつものように洗面所で目覚めた冴乃は、軽く朝の挨拶をして食卓につく。
「そうだ、今日ってSクラスとAクラスの合同授業じゃなかったっけ?」
「ん?うん、そう」
冴乃が問うと、紅茶を飲みながら新聞を流し読みしていたひよりが答える。
先程までの眠気は何処へやら、冴乃はやけにご機嫌に「楽しみだね」と言って笑った。
しかし、
「ご機嫌なところ悪いけど、作曲コースとアイドルコース、別室授業だから」
……冴乃の長い一日の幕開けである。
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「トモちゃん、音也くん……」
登校してすぐ、冴乃は深刻な面持ちで隣席の二人に泣きついた。
「おはよ……って、どうしたの冴乃」
「朝から元気無いね」
二人とも心配して話を聞く体勢になる。
冴乃は机に突っ伏しながら、今日の試練について話した。
「ああ、なんだそんなこと」
「もー、身内の不幸とかそんなレベルのこと心配しちゃったわよ」
「私にとっては由々しき事態ですぅ……」
話の内容は朝食時にひよりと話していた合同授業のこと。
Sクラスと合同だと言うからひよりと一緒にーーと考えていたが、生憎コース別授業であると知らされ。
しかも、Aクラスではまだ細かな説明はされていなかったのだが、必ず他クラスの生徒と二人ペアになって授業をするらしい。そう、必ず、他クラスと。ここが一番問題だ。
「トモちゃんや音也くん達と一緒にやれたらよかったのに……Sクラスに知り合いとかほぼ皆無だし、知らない人とになったらどうしよう」
知らない相手といきなりの一対一の状況に陥るかもしれない。それは何度も言うが人見知りが激しい冴乃にとっては由々しき事態だ。
「でもさ、翔がいるじゃん!翔とペアになれば何も問題無いよ!」
音也がなんとか冴乃を励まそうと友人の名前を出すが、むしろ翔は音也と組みたがるような気がしている。そもそも自分達でペアを選ばせてもらえるのかどうかも謎だし、例えそうだとしても、まだ数える程しか接触らしい接触をしていない翔に声をかける勇気など無い。
「来栖くんには会う度に迷惑をおかけしてるのでちょっと……申し訳なさすぎて辛い」
「そんなにかい」
そんなこんなで、机に突っ伏してうだうだとあーでもないこーでもないしている冴乃。
何かと理由をつけて、自分で逃げ道を塞いでいるのはわかってる。知らない相手と組むのが嫌なら翔と組めばいい。ただ、誰かを『逃げ道』にするのはどうしても気が引けた。
「ま、どうにかなるっしょ!元気出しなって!」
「そうだよ!勇気出して話してみたら、意外と普通に仲良くなれるかもしれないし。ねっ?」
ついに匙を投げられたか……と思った冴乃だったが、それも一瞬のことで、音也に「ハイ、これお守り」と言って左手首にリストバンドをはめられて、荒んだ心が一瞬にして和んだ。
「……一瞬でも見放されたとか思ってごめんなさい」
「あははっ、見放したりしないよ。安心して」
「まぁ、私は気が短いからわかんないけどね〜?」
「友ちゃんのいじわる〜…」
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そして、問題のコース別合同授業。
休み時間の移動教室の時点で、冴乃は既に重たいオーラを纏っている。
「どどどどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……」
「落ち着け、まずは深呼吸してみろ」
「すーーーーーーーーーーっはーーーーーーーーーーっすーーーーーーーーーーっはーーーーーーーーーーっ……」
「……アンタ、半端ない肺活量してんのね……」
友千花が驚いたように呟くが、冴乃は今それどころではないのでまず聞いていない。
「ふぅ……」
「落ち着いたか」
「はい。ありがとうございます……真斗君」
何度か深呼吸をして、不安はまだあるがとりあえずパニックは落ち着いた。
最近、みんなの名前も呼べるようになってきていて、冴乃はこの面々と知り合えて本当によかったと、深呼吸して冷静になった頭で不意に思った。
そして、再び今直面している現実について思案する。
「……そうだ。誰かの真似をすればいいんだ」
「さえちゃん?」
「『私は女優、私は女優よ』って自己暗示をかけて誰かの真似をするんです。その誰かならこんなときどうするかなって。例えばひよりちゃんならどうするかなって」
周りが首を傾げる中、既に暗示がかかりつつあるのか饒舌になる冴乃。
「ひよりちゃんも言ってた。困ったときはそれでいいって。困ったときって私人生の大半が困ってるような気がするけど今が特にその時なんだよねきっと」
「え、この子こんなに思い詰めてたの?」
「……まぁ、本人にとっては初めておつかいをする小さい子ども並の試練なんじゃないかな」
友千花が驚き半分、呆れ半分の表情で周りを窺う。
それに答えた音也の例えは言い得て妙で、まさに母親にくっついて歩くひよこのような子どもが、母親から離れて挫折と闘い大半が泣きながらおつかいをしてくるという、ある番組の絵にそっくりなのだ。
「む、私はおつかいくらい幼稚園に上がる前から出来ましたよ?だって一人でいいんだもん」
「問題はやはりそこなのか」
「一人でも馴れた場所に行くならいいんです。でも馴れない場所に一人で行くのは無理なんです」
無駄に胸を張る冴乃。
緊張が解れてきたのか、幾分饒舌になった冴乃に四人は安堵する。
そして、どうか彼女が泣きながらでもいいから挫折しないで母親(←笑)のもとに帰れるよう祈った。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
ひよりちゃんより自分達がお母さんの心境になっているのに気付かないプリンス三人+α(笑)
音也と友ちゃんが使いやすくて困る。なっちゃんとダムの存在感が……、、、
そしていつものごとくgdgd
というか、少し間が空いたら随分と文体に変化が…←
2012.07.28
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