溶け出し、溢れる


 

「だから!僕の勝手でしょ!?」

 
 ダン、と強く机を叩きつける音と共にナマエの怒号が響く。
 普段から感情を覆い隠すナマエにとってはここまで感情を顕にする事はかなり珍しく、訓練兵時代からの友達である、エレンも初めて見た。エレンはナマエの隣でぽかんと口を開け、目をぎらつかせるナマエを見た。
 
 エレンはナマエから一心の怒りをぶつけられている人物をちらりと見て、その人の不機嫌そうでこちらも何時爆発してもおかしくないという程だと分かると表情を青くした。
 

「ほう、お前は俺に口出しできる程偉くなったのか、ナマエよ」


 腕を組み、とんとんと指先を動かすリヴァイは口調こそいつもと変わらず平淡だが、眉間には深い皺が刻まれており、珍しいことに口角が挙げられている。
 貴重な笑顔、なのだがあまりにも歪んだそれを見て喜ぶ者は居ないだろう。


 リヴァイをここまで怒らせるなど、命知らずもいいところだとエレンは思う。
 今この部屋には自分しかいない、今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな二人を止める事ができるのは自分だけだ。エレンは何度も自分を奮起させナマエの肩を恐る恐る掴んだ。流石にリヴァイを止める程の勇気はない。


「お、落ち着けよナマエ…どうしたんだ?」
「エレンには関係ない」


 ばっさりと吐き捨てられ、エレンは一瞬言葉につまる。
 ナマエも、自分で言ってしまった後で強く拒絶しすぎたかと一瞬冷静になったが、それよりもリヴァイに対する怒りが強くどうしようもない。
 今まで耐えていたが今日という今日こそは、明確に言わなければいけない、何度も思った事なのだが、言葉にしなければリヴァイには伝わらないのだ。


「だからさ!どうして僕がリヴァイの部屋で寝なきゃならないの!?自分の部屋あるのに!」
「……は?」


 エレンはナマエの言った言葉に、呆然と口を開く。
 もしかしてこれが原因でここまで怒っているのかそんな馬鹿な、とは思うがナマエの目も、リヴァイの目も酷く真面目で笑うに笑えない。
 

「上司命令だ」
「職権乱用!ベッドで寝かしてくれるならいいよ?でもソファだと体痛くて…もうやだよ!」


 エレンは必死に今の状況を理解しようとしていた。
 つまり、リヴァイはナマエを自分の部屋で寝かせたい、だがナマエはそれを拒絶しているということでいいのだろうか。まさかその程度の問題でここまで喧嘩になるとは思わず、エレンは何とも言えない表情で二人を見比べた。
 二人が兄弟だと聞いたのは数日前、何とか今までの誤解が溶け打ち解けることができて嬉しい、とナマエが照れた笑顔を浮かべ報告しに来たのは二日前。
 これは、まさにどうでもいい兄弟喧嘩という、ことになるのだろうか。
 エレンに兄弟は居なかったが、共に暮らしてきたミカサがいる。確かにミカサはよく自分のベッドに入りたがっていたと幼少期を思い出した。
 

「…ははっ!」


 何処か人間らしさを感じない二人だが、ちゃんとした感情を持っているのだ。あまりにもくだらない内容、あまりにも子供っぽい喧嘩に、エレンは思わず吹き出してしまう。
 その瞬間、ぴくりと肩を震わせた二人は悪人面と言われるだろう形相で、エレンを睨んだ。
 まさに蛇に睨まれた蛙、というところだろう。エレンは自分のしてしまった失態に固唾を飲み乾いた笑いを返した。


「…何?エレン、何か言いたいの?」
「エレンよ、言ってみろ」
「え」


 特に何も考えてなかったが、鋭い眼力を持つ二人にこうも見られてしまうと何かを言わなければならないという気持ちになる。
 エレンは必死に思考を働かせた、普段知性で戦うタイプではないため、こういう時に上手く頭は回らない。アルミンならもっといい案を出したのかもしれないがエレンは自分が思いつく最善策を怖々と口にした。

 
「あー…それならリヴァイ兵長の部屋にベッド二つおけばいいんじゃないですかね…?」


 ぴんと人差し指を立て立案してみる。
 それを聞いた二人は固り動かない。エレンは何か見当外れな事を言ってしまったかと冷や汗をかいた。
 

「ほう、悪くない」
「そうだね…まぁそれなら…」
「えっ!い、いいのか…」

 
 リヴァイは腕を組み考えた後深く頷き、ナマエも同じように小さく頷く。エレンとしては苦し紛れの提案であったため、まさかこれほどすんなりと良い反応をもらえるとは思わなかった。
 早速ベッドを移動させるべく部屋を出て行ったリヴァイを見送った後、エレンは深くため息を付く。取りあえずは嵐が去ったという事だ。
 ひどく疲れた、何故自分がこれほど精神的に疲れなければならないのだろうか。

 ナマエもリヴァイを追うように扉に向かったが、ふと後ろを振り返りエレンがついてきていない事を知ると小走りで駆け寄り、疲労からうなだれるエレンを覗き込んだ。


「ほら、エレンも行くよ」
「お、俺も!?」
「当たり前でしょ?…エレンが言ったことだからね、最後まで責任を取らなくちゃ」
「…何か、違わないか…」
「違わないよ」


 ほら、はやく。と言わんばかりにエレンの腕を引くナマエに、エレンはもう一つ盛大なため息をついた。
 




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ツユリさんに捧げます!
赤主と兵長のくだらない理由での兄弟喧嘩。それに巻き込まれるリヴァイ班(主にエレン)ということで。
エレンしか出せませんでしたが…書いている本人はすごく楽しかったです(笑)
多分、和解したあとはこんなくだらない毎日を過ごしているんじゃないかな!と思います、ため息の似合わないエレンですが圧倒的に気苦労が増えそうです。

リクエストありがとうございました!







bkm
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