「誕生日?祝われた事なんてないけど」
昨夜の夕食時。いつもは自室で食べる事が殆どだけど、何となく暖かい物が食べたいと思いふらりと兵士達が沢山居る食堂で食事を取ることにした。
といっても一人ではなく、隣にはハンジが居たけれど。僕としては一人でも構わなかったのだが「一緒に食べよう!丁度お腹すいてたんだ!」と笑顔で言われてしまったし、断る理由も無かったんだ。
大きな長机には沢山の兵士が居た、何名かが僕を見て何か意味ありげな視線を送ってきたけれど全て無視する。食事の時くらい静かに食べたいしね。
その時たまたま僕の前に座っていた兵士が誕生日だったらしい。別に会話の中に混じっていた訳ではないけれどこの距離だ、聞くなと言われる方が無理は話だろう。
ハンジはその兵士とそれなりに交流があったのか、祝われている兵士達の会話に交じり手を叩いていた。何かプレゼント出来ればいいんだけど、何も持ってないからなぁというハンジの言葉に兵士は慌てて首を振り「その言葉だけで十分です」と言っていたのをよく覚えている。
それで、ハンジにそういえばナマエの誕生日っていつ?きっと盛大に祝われたんでしょ?と言われて、冒頭の言葉を返したわけだ。
ハンジは意外そうに目を見開いて特に反応を見せなかった、と思う。その後も何時も通り夕食を食べ終わり、ハンジの自室に遊びに行って一夜を明かした。
一つしかないベッドでくっつくようにして一緒に寝たはずなんだけど、朝起きた時隣にハンジは居なかった。
何時もは僕が先に目を覚ますから珍しい事でもあるなぁ、もしかして昨日寝たふりをしてこっそり研究でもしていたのかな。
取り敢えず、僕は何時も通りだ。昨日の夜にした会話なんてすっかり脳内の端っこに追いやっていて気にも止めなかった。
服を着替えて、顔を洗って、ハンジを探そうと扉を開けて。
「…で、閉めた」
「ナマエ!なんで閉めるんだ!?開けてよー!」
「嫌だ」
必死にドアノブが回るのを抑える僕と、扉を挟んだ向こう側で同じように必死に回そうとするハンジ。
何時も通りの僕の朝は扉を開けた瞬間から別次元へと旅立ってしまったらしい。
その時も僕はまだなんでこうなっているのか全く気がつく事が出来なかった。まさか昨夜の会話が原因だなんて、そんなこと流石の僕でも思いつきはしないだろう。
がちゃがちゃと回されるドアノブ、何度も叩かれる扉。
「ナマエー!開けてよー!」
悲しげなハンジの声に、僕は一度大きくため息をついた後ドアノブを抑えていた手を離し、扉から距離を取った。
直ぐに勢い良く開けられる扉と共に飛び込んできたのは、色鮮やかな服を持つハンジ。あまりに勢い良く飛び込んだせいで、ハンジは「うわぁお!?」とよくわからない悲鳴を上げながら何度かよろめいた後、にまにまとやや下品な笑いを浮かべながら僕に向き合う。
ものすごく楽しそうなハンジの笑顔と反比例するように僕の気分は急降下。いや、だって本当に嫌な予感しかしない。
「ナマエ!これあげる!」
「いらない」
「即答!?」
満面の笑みで差し出されたのは真っ赤な服。どこにそんなきつい色の服が売っているのかと聴きたくなるほどだし、それよりも僕に赤い服なんて似合わないし、いや、その前に僕は男だ。
どう見てもフリルがふんだんに使われている服は女物で、よく見なくとも舞踏会に出るようなドレスだとわかってしまう。わかってしまったからこそ「いらない」
「僕、男だよ?わかってるよね?」
「当たり前さ!でも似合うと思ってねー街に見に行ったときに衝動買いしたんだ!」
「…これを衝動買い…ねぇ」
ぐいぐいと胸元に服を押し付けられてしまい、うっかりと受け取ってしまった。想像以上に手触りのいい布の質感に、かなり高価な服なんじゃないのかと思う。
ハンジは嬉しそうに笑うと直ぐに僕から離れ扉へと向かった。
「ハンジ?」
「絶対着てね!本当は今すぐにでも見たいんだけどさぁ…」
どこに行くんだろうと思った僕に、ハンジは苦笑しながら扉を開ける。すると遠くの方から「ハンジ分隊長!どこですか!」という必死の叫びが聞こえてきた。
あちゃあ、と額を抑えるハンジに僕はため息を一つ。なるほど、部下の静止を振り切って買い物に出掛けここまでやってきたのだろう。こんな物を買う為に、ハンジは後で部下に怒られるんだろうな。まあ、可哀想だとは思わないけど。
「じゃあ後で!」
ハンジは嵐のように現れ、僕にとんでもない物を押し付けて嵐のように去っていった。
勢い良く閉められた扉の風を浴びながら、僕は静かになった部屋で真っ赤な服を見下ろす。
試しに広げて見れば、丁度僕の背丈に合っている女物のドレス。いや、可笑しい。これがまあ男物なら着てもいい。今後舞踏会に出席する予定はけれど、まぁ社交パーティくらいなら有り得るかもしれないし。
でもこれは女物だ。僕の外見が少女じみているとしても、これは。
「…ないない」
僕は受け取った服をベッドの上に置いて、部屋から出た。流石にあの服を来てこの兵団の中を歩くことなんて出来ない。
ハンジは仕事で忙しいみたいだし、どこに行こうかと人気の少ない廊下を歩く。迷子になるかななんて思ったけれど、まぁ外に出なければハンジがいつか見つけてくれるだろう。夕食の時間になっても来なければきっと探しに来てくれるに違いない。
ふらふらと曲がり角を曲がったり、扉を潜る事を繰り返していると来た事の無い場所へとたどり着いた。
何処か分からないけど、すれ違う人は皆調査兵団の服に身を包んでいるしまだ外に出ているわけではない、大丈夫だと安易に考え目の前の扉を開けた。
「んー?…食料庫…かな?」
室内には大きな棚が並べられていて、余すところ無く何かが置かれている。箱に張られているラベルには「水」や「調味料」と書かれている事から、きっとここは食料庫なのだろう。
湿気が無い場所とはいえ、ここの世界では冷蔵庫なんて物はないから生の食材は置かれていないようだ。何か良いものは無いかと棚の細い隙間をゆっくりと歩き天井まで届きそうな程積み上げられた箱を見上げる。
「お酒…」
ふと目を止めたのは酒と書かれたラベルが貼られている箱。
僕はあまり酒に強くないけど、ハンジはたまに飲んでいた。そういえば最近夜に飲んでいる姿を見かけて居ないな、飲めない僕に遠慮しているのかもしれない。
服のお礼、ではないけれど(お礼にしてはかなりどうでもいい贈り物だったし)折角ここに来たんだし何か持って帰りたいという気持ちになってしまって、僕は背伸びをして箱に手を伸ばした。
「んっ…んーー!」
言いたくはないが僕の身長は高く無い。まあ、身体的には12歳前後だから仕方のない事だろう。決して、低くない標準だ。
箱の底の部分に僅かに手が届くだけで、引っ張り出せそうにはない。あと少し、なんだけど。
「…あ」
急に、後ろから白い手が伸びてきて僕の頭上を追い越し酒の入った箱を掴んだ。
箱をとることに集中していたせいで後ろから来ていた人に気がつかなかったらしく、その人は無言で箱を取ると僕に差し出す。がちゃん、と箱の中で揺れた瓶が衝突する小さな音が響いた。
「リヴァイ?なんでこんなとこに居るの?」
「…それは俺の言葉だ。なんでここに居る?」
「何でって…別に意味はないよ、歩いていたらここについただけ…ッ!お、重い!」
大きな箱を受け取り、その重さで一瞬体が前に傾く。想像以上に沢山酒が入っているらしく、腕の関節が悲鳴を上げた。
足を踏ん張り震える僕に、リヴァイは舌打ちをすると奪うように箱を取ると何も言わず扉へ向かって歩く。まさかリヴァイは酒が目当てでここに来たのかな?確かに取ったのはリヴァイだけど見つけたのは僕だ。一本くらい欲しい。っていうか返して。
「リヴァイ!それ僕が見つけたんだけど」
「これは兵団の物だ」
「…そうだけどさぁ」
確かに、僕のものではない。お金を払って買ったわけでもなく、いわば盗んだものだ。
いや、でもその箱を元の場所に返さず何処かへ持っていこうとするリヴァイも同罪だろう。寧ろ立場上リヴァイの方が悪いんじゃないかな。
「…お酒を取りに来たの?」
「……ああ、どっかの馬鹿が持って来いって五月蝿いからな」
「ハンジが?…やっぱりお酒飲みたかったんだね。…僕が渡そうとしたのに」
最後の呟きはリヴァイに聞こえないように小さく口の中で濁す。
やっぱハンジはお酒が飲みたかったんだ。僕に遠慮なんてしなくていくらでも飲めばいいのに。
リヴァイがハンジの言葉に素直に動くとは思えないから、きっとリヴァイも酒が飲みたかったんだろう。上の立場になればこれくらいの酒を手に入れる事も容易い、というわけか。
一人でスタスタと歩いて行ってしまうリヴァイの後ろを着いて行く。リヴァイはハンジ程沢山喋る人ではないし、むしろ僕に好感を持っていないからか、お互い沈黙したまま廊下を歩く二つ分の足音が小さく響くだけだった。
「…おい」
「何?」
「今夜もあいつの部屋に居るんだろ」
「まあ…そうだろうね」
リヴァイがそう言うほど、僕は常にハンジの部屋に居るイメージがあるのだろうか。
確かに殆どハンジの部屋で寝ている。一応僕の自室はあるけれど何だかあの部屋はいくら掃除しても埃っぽいし、場所が悪いのか寒く感じてしまうのだ。
リヴァイは足を止めて僕を見下ろしながらじっと顔を見つめる。こうして目を合わせて会話するのも久しぶりかもしれないな、なんてぼんやり思った。
「そうか」
「…?」
何が知りかったのか、リヴァイはそれだけを確認すると再び歩き出した。
きっと特に意味のある言葉ではなかったんだろう、リヴァイが沈黙を苦に思う性格だとは思わないけど、僕との会話でもしてみたかったのかも、しれない。
それとも、リヴァイは毎晩のようにハンジの部屋に行く僕に何か思うところがあるのかもしれない。確かに僕は男だけど、あいにくそう言った欲をわざわざハンジで満たそうとは思わない。
リヴァイは変わらず箱を持ったまま黙々と歩く。
すれ違った兵士は何か珍しいものでも見たかのように目を開きリヴァイに敬礼をしていた。敬礼するくらいなら、箱を代わりに持ち何処かへ運ぶくらいすればいいものなのだが、そういう思考にはいたらないらしい。
…まぁ、確かにリヴァイが昼から酒の入った箱を持っていると思う兵士なんて居なさそうだ。きっと何か重要な書類か武器の備品を運んでいる最中だと思われているのだろう。
その後、リヴァイはたまたまなのか、ハンジの部屋の前で足を止めた。
何か言いたげに僕を見下ろしていたが僕は何もリヴァイに言うことも、聞くことも無かった為無言でその場を離れる。
本当に、リヴァイは何がしたかったのだろうか。まさかリヴァイが迷子になる僕の為にハンジの部屋の前をわざわざ通ったとは考えにくいし。
まあいいか。と思考を切り替え扉のドアノブに手を掛けた瞬間。
「ナマエ」
「何?…って、うわっ!?」
後ろからリヴァイに名前を呼ばれ振り向けば、目の前に飛んでくる一本の瓶。
反射的に受け止め、手に重い衝撃を感じながら少し離れた場所に居るリヴァイを睨む。もし僕があと少しでも振り向くのが遅ければ、この酒瓶は僕の後頭部に当たっていた事だろう。
「何するの」
「…欲しかったんだろう」
「え?…あ、…お酒」
よく見れば投げられたものは箱に入っていた酒瓶で。
葡萄の絵柄が描かれて居る瓶をまじまじと見ている間に、リヴァイは何処かへ行ってしまっていた。
きっと曲がり角を曲がったんだろう。後を追いかければすぐに姿が見えるだろうけど、まあ。いいか。
「…まさか、さっきの沈黙って…」
扉を開けながら、ふと思いついた事を呟く。
もしかして、僕にこのお酒を渡したかった、とか?
「…いや、まさかね」
扉を閉め机の上に酒瓶を置く。
つるりとした硝子の表面を撫でれば、窓の外からの光を反射してきらりと輝いた。
今日は何だか可笑しい、朝のハンジといい、さっきのはっきりしない態度を取るリヴァイといい。
「…変な日」
僕はふわりと欠伸を噛み殺し、ベッドに飛び込む。
ちらりと視界に入った赤いドレスを手元に引き寄せ、新品の服独特の匂いを吸い込む。
悪いデザインではないし、手触りも僕好みだ。その服を掴みながら僕は目を閉じた。きっと夜に起きれば、こんな変な一日も終わってしまうだろうと思いながら。
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ニッカリ青江様に捧げます!
甘やかされる主人公、ということで。甘やかされ…ているのかどうか微妙な感じですが!(汗)
たじたじになるというよりも、むしろ疑問に思っている程度の甘さになってしまいました…私の力量不足ですね…!
そして無駄に長い文で申し訳ありません!少しでも喜んでいただけたなら嬉しいです(*゚▽゚*)
リクエストありがとうございました!
bkm