人類最強の飼い主


 しがない一兵である俺には唯一他の人間と違うところがある。
 容姿も標準、性格も普通。巨人の討伐数もそこそこな、どこにでもいる普通の兵士である俺の唯一の特異点。それは恋人がかの有名なリヴァイ兵士長という事だ。



 リヴァイと初めて出会ったのはエルヴィンからの紹介、だった。紹介といっても色気があるものではなく、今日から新しい部下に付けるから、よろしく頼む。と言われただけだ。
 俺よりも20センチは低い身長、小柄な体格。目だけは肉食獣のようにぎらついてはいたが、これといって注視するところもなく、疑問に思うこともなく。二つ返事で頷いていた。
 分隊長で無くとも部下はつくものであり、俺にもリヴァイ含め数人の部下が居た。俺の部下たちは皆リヴァイに対して友好的だったが、どうやらリヴァイは余計な馴れ合いを好まなかったらしく孤立するまでにそう時間はかからなかったと思う。
 壁外調査でチームワークが取れていなければ、死亡率が上がってしまうことは火を見るよりも明らかだが、リヴァイは先輩とも言える仲間に対して敬意を表す事もなく、俺の忠告を聞き入れる事も無い。そもそも、俺に対して敬語を使うことなんて滅多に無かった。
 
 リヴァイの初陣となる壁外調査は簡単なものではなかった。毎回のように死人や負傷者が出るのは最早避けようのない酷い現実だが、その時は妙なほど奇行種が多く陣形を崩された俺たちは皆散り散りになってしまっていた。
 近くに巨大樹の森があった為立体起動で上に逃げたのだが、足元の先では巨人がうろつき油断ならない。
 俺の後を追うようにしてついてきた部下で、生き残っていたのはリヴァイだけだった。


「おい、リヴァイ大丈夫か」
「…うるせぇ」


 俺の隣で立ち、両手に剣を構えているリヴァイの顔色はいつもよりも悪かった。
 よく見れば、足が僅かに震えている事に気付く。エルヴィンはこの小さな男がいつか調査兵団と人類の要となるだろうと言っていたが、そんな力があるようには見えなかった。
 リヴァイに対して詳しい事は知らないが、確かこの壁外調査がこの男にとって初めて巨人と直接的に対峙したのだろう。そんな中で奇行種数体に囲まれてしまい仲間は死に、身動きがとれない状況だなんていっそ笑えてしまう程だ。

 
「奇行種3匹か…ちょっとキツいな」
「おい、どうするんだ」
「…リヴァイは9時の方向の奇行種を頼む、俺は他の二体を仕留めるから」
「あ?…お前、弱いんだろ、死に行くのか?」


 心底わけがわからない、といったように眉を潜めるリヴァイに困ったように笑いかける。
 確かに訓練兵時代の成績を見ても俺とリヴァイは雲泥の差だ(エルヴィンがリヴァイに対して過度なほどの期待を持っているのだから、当たり前だが)それでも、俺はリヴァイの上司であり、リヴァイはまだ新兵。
 
 ぐしゃぐしゃとリヴァイの頭を撫でればリヴァイは嫌そうに俺の手を払う。
 今にもつっかかりそうなリヴァイの背中を軽く叩いた俺は、グリップを掴み剣を抜いた。


「俺はお前の上司だぜ?…確かに俺の方がリヴァイより弱いかもしれないけどな、部下を危険な目に晒すわけにはいかねぇんだよ」
「…!」


 何度も木の幹に体当たりを続ける奇行種と、デタラメに走っては止まり、再び走るを繰り返している奇行種を見据える。
 何か言いたげなリヴァイを無視して、俺は空を舞った。


 結果、俺は何とか二体共討伐する事が出来て運良く団長率いる本部隊と合流することも出来た。
 リヴァイも一度恐怖を味わい巨人がどうやって人間を捕食するのか、を実際目で見て体験することにより冷静さを取り戻したのかその後の働きは目を疑うほどだった。
 補佐をつけずに一瞬でうなじを削ぎ落とし巨人を討伐するリヴァイを見た俺は、エルヴィンの言っていた言葉の意味をようやく理解した。
 なるほど、確かにリヴァイは人類の要となるだろう存在だ。まだその才能は開花されてないようだが、遠くない未来で最強だという名を背負うことになるのだろう。


 壁外調査から生還を果たした俺は、部下の遺留品を整理した後一人部屋で酒を飲んでいた。
 運が強いのか、死線をさまよった事や死を覚悟した事はあれど、何故か俺は五体満足で何年も調査兵団兵士として生き残る事が出来ている。どうせなら、もっと技術や力があればいいと思うが適材適所というべきか、俺は上にたつ人間ではなく、育てる側の人間らしい。
 そういえばリヴァイと入れ替わりで上に引き抜かれていったハンジはどうなったんだろうか、とぼんやりと考えていると扉を叩く音が響いた。
 こんな夜更けに誰だろうと思ったが、急用かもしれないと思い扉を開ければその先にいたのはリヴァイだった。


「リヴァイ?どうしたんだ」
「…酒臭ぇ」
「あー、悪い悪い。一緒に飲むか?」
「いらねぇよ」


 鼻を押さえたままそっぽを向くリヴァイに首をかしげる。はて、リヴァイは何故こんな夜更けに来たのだろうか。
 何か相談でもあるのかと思ったが、リヴァイが誰かに人生相談をするような性格だとは思えない、どちらかというと溜め込んでしまうタイプだろう。


「もう夜遅いぜ?今日の壁外調査で疲れてるだろ、早く寝ろよ」


 ぽんぽん、とリヴァイの頭を軽く叩く。
 丁度叩きやすい位置にあったため、ついついやってしまったのだが、また嫌そうに顔を歪ませ手を振り払うだろうかと思い覗き見る。
 だが、リヴァイは眉を寄せては居るが、特に抵抗することなくじっと俺を見上げていた。


「ナマエ」
「ん?」
「…悪かった」
「…は?」
 

 吐き捨てるように言われた言葉の意味が分からず、きょとんとしてリヴァイを見れば「間抜け」と少し笑われてしまった。
 リヴァイって、笑うんだ。とは思ったが今余計なことを言えばまたリヴァイの眉間に皺が寄ることになってしまうだろう。
 

「もう少し、お前の言葉を聞くべきだった。…仲間とも、連携が取れていれば無駄に死なせる事は無かったかもしれねぇ」
「リヴァイ…」


 正直、意外だった。
 リヴァイが人の生き死にを気にする性格だとは思えなかったがどうやら俺の彼への評価は間違っていたようだ。悔いているようだが、後悔したところで結果は出てしまっている為どうすることも出来ない。
 俺はリヴァイの頭から手を離し、肩をぽんぽんと叩く。気にするな、とは言えないが部下が死んだ事はリヴァイのせいではない。上司として守りきれなかった、俺が悪いんだ。


「今度から気をつければいい。部下達の死はリヴァイのせいじゃない。…俺が守りきれなかっただけだ」
「…ナマエ」
「多分、リヴァイは俺よりも上に行き、沢山の部下が出来るだろう。全員守れるようになれとは言わないが…命を背負っている重さだけは、ちゃんと理解するんだぞ?」
「…ああ、わかった」


 リヴァイが俺よりも沢山のものを背負うだろう、人の命や数多の羨望、それを背負わされた人間は簡単に死ぬことを許されない。人類の為に生き続けなければならない。
 この初陣でリヴァイが少しでも周りを見るようになり、命の重さを理解してくれれば俺としてはもう彼に対して何も教えることは無いだろう。きっと、エルヴィンはそれを教えて欲しいが故に、俺にリヴァイを任せたのだ。
 
 リヴァイは素直に頷き、小さな声で「ありがとう」と呟き静かに俺の部屋から出て行った。
 
 それからリヴァイは暫くは俺の部下として、十分すぎる働きを見せてくれた。
 壁外調査では鬼神だと言われる程の力を発揮し、通常勤務においては良く動き働く。まだ人との交流はうまくいっていないようだが、側に置いている内に、ただ彼が不器用なだけで本当は優しい人間だということもわかった。
 勤務が無い日は共に酒を飲み、休日が重なった日は気まぐれに街へ買い物に出かける事もあった。何時もは仏頂面で機嫌悪そうな表情のリヴァイは、酒が入ると微かに笑い上機嫌になる事も、あった。


「ナマエ、この店に入ろう」
「ん?…へえ、ケーキ屋さんだなんて意外だな」

 
 とある日の休日。暇を持て余していた俺はたまたま非番が重なっていたリヴァイと共に街に出ていた。
 商店街が並ぶ中リヴァイが俺の服の袖を引いて指差したのはこじゃれたケーキ屋さん。ケースに入った色とりどりの綺麗なケーキが行儀よく並んでいて、あまり甘いものに興味がない俺にとって、未知の場所、でもあった。
 

「恋人にプレゼントでもするのか?」
「そんなところだ」
「…へぇ」


 冗談半分からかい半分で言ってみたが、リヴァイの口からは肯定の言葉が帰ってきた。恋人が居るとは初耳だが、まあリヴァイは外見も整っているし兵士としての地位も高い、特定の恋人がいても可笑しくはないだろう。
 だが、毎晩のように俺の部屋に来て他愛もない話をしたり、休日は一緒に過ごしたりするリヴァイに恋人の影は見えなかったが、きっと俺が気がついていないだけだろう。
 その時に心がちくりと痛んだのは、きっと寂しさから来るものだ。(今となっては、笑い話なのだが)

 店に入った俺は漂う甘い匂いにくらりと頭を抑えた。いい匂いだが、長時間居るのは耐えられそうにない。
 微かに眉を寄せる俺に気付いたのか、リヴァイはくいくいと服を引っ張るとじっと目を見てきた。


「ケーキは嫌いか?」
「え?…いや、甘い物じゃなかったらたまに食べるけど」
「そうか」


 リヴァイは並んでいるケーキに視線を移し、すぐに一つのケーキを選ぶと店員に声をかけた。
 どれを買ったかはわからなかったが、恋人に渡すケーキをそんな簡単に決めてしまっていいのだろうか。俺の気分が悪そうなのを見て気を使わせてしまったか。

 会計を済ませている間、一足先に外にでた俺はすう、と胸いっぱいに空気を吸い込む。これ以上あそこにいては、甘い匂いに酔ってしまいそうだ。
 リヴァイは片手に白い箱を持ちながらすぐに店から出てくると、俺の元へと走り寄る。ケーキを買ったのなら一旦本部に戻らなければ腐らしてしまうと思い、ゆっくりと本部に戻った。
 その間リヴァイは、何故かいつもよりも良く喋った。彼にしては内容が薄く心を何処かにおいてしまっているような、そんな会話であったがそんな時もあるだろうと俺はあまり気にしなかった。
 
 本部に付き、俺は自室に向かう。当たり前のようにリヴァイも部屋の中に入ってきたが、早くそのケーキを冷えた倉庫に入れるか、恋人に渡したほうがいいんじゃないかな。
 リヴァイ?と名前を呼べば、リヴァイは俺にケーキの箱を突き付けた。


「え?」
「…これ」
「それ、ケーキだろ?恋人に渡すんじゃ…」
「…ああ、そうだ。…受け取ってくれるか?」


 じっと強い目で見られる。
 うん?どういう事だ。このケーキは恋人に渡すものじゃなかったか、何故俺に?
 暫くどう言う意味か分からずリヴァイを見ていたが、リヴァイの頬と、耳がいつもよりも赤い事と、ケーキの箱を持つ手が震えていることに気付いた。
 もしかして。


「……え、俺の事、好きなのか?」


 まさか、と思って口にした言葉だが、リヴァイはぐっと唇を噛み締めながら一つ頷いた。
 普段の彼からは想像も出来ない不安そうなリヴァイの表情に、俺はリヴァイが本気なのだと、気付く。

 回りくどい告白をするために買ったケーキ。そうか、恋人に渡すものじゃなかったんだ。これを受け取ったら、俺たちは恋人という関係になるのだろう。
 リヴァイと、恋人になる。そう思うと何故か胸が五月蝿く高鳴り顔に熱が貯まるのがわかった。男から告白されているというのに、感じたのは嫌悪ではなく、喜びで。


「…一緒に、食べようか」


 俺はケーキの箱を受け取った。
 途端に目を見開き、安心したように笑うリヴァイに心が締め付けられ、腕を引いて軽く抱きしめる。体格差からすっぽりと収まってしまったリヴァイが小さくうめいた。


「何、」
「取り敢えず、キスしても?」


 ケーキの箱を机の上において、そのままリヴァイの顎を掴み上を向かせる。
 かっと赤く頬を染めたリヴァイは、悔しそうに顔を歪ませ、俺の首元を掴みそのまま噛み付くようなキスをした。

 男としているのに嫌悪感を抱かないのは、俺もどこかでリヴァイの事を好きになっていたのだろうか。まあ、リヴァイは顔も整っているし。
 やられっぱなしはしょうに合わず、リヴァイの後頭部をぐっと掴み引き寄せ逃げられないようにすると角度を変えて深く口付ける。リヴァイのくぐもった声も吐息も飲み込んで、薄い唇と熱い舌を心ゆくまで堪能した。


「っ、は…はぁ」
「息上がってるぞ」
「うるせぇ」


 くつくつと笑えば、リヴァイはぷいとそっぽを向いて、だけど俺を押しのける事は無く、俺の胸に顔をうずめた。
 


 こうしてリヴァイと俺は恋人関係になり、それはリヴァイが兵士長となっても変わることはなかった。
 潔癖症で人との過度な馴れ合いを拒む男として知られているリヴァイが、実は人一倍寂しがり屋で情熱的だということは、俺だけが知っていることだ。
 出来れば、これからもそうであってほしい、と思う。






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ロヴィー様に捧げます!
オトメンなリヴァイと攻め主ということで。
オトメン=甘い物好きで女の子らしいという事しか分からず…!;オトメンに見えたらいいのですが…!
書いたことのない設定でして、私自身とても楽しみながら書きました…!オトメンな部分をもっと出したかったです…!
リクエスト、ありがとうございました!




 




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