冷たい掌


 リヴァイは深夜にふと目を覚ました。
 比較的治安の良い場所に住んでいるとはいえ、地下街での治安の良さなどたかが知れている。いつ襲われ金品を盗まれるか最悪殺されるか分からない緊張感の孕む日常で、普段からリヴァイは眠りが浅かった。
 ベッドの上でじっと天井を見つめていたリヴァイは微かに聞こえる啜り泣きに眉を寄せながらその音がする方向を見る。
 床の上に布団を敷き、その上で毛布を抱きしめ体を丸めながら眠るナマエは固く閉じられた目から涙を流し、時々嗚咽を漏らしていた。
 
 額を抑えながら体を起こしたリヴァイは、長いため息を一つ零す。
 ナマエの夜泣きは今回が初めてではない、共に生活するようになってから何度かこうして悪夢に魘され泣くナマエの声に、リヴァイは眠りを妨げられていた。
 初めこそ煩いと言って咎めていたが、涙を流してしまう程の悪夢であってもおぼろげにしか覚えていないらしくナマエは悲しそうに目を伏せ「ごめんなさい」と謝るだけだった。
 夢をコントロール出来るわけもなく、ナマエの気持ちとは裏腹に夜泣きが止まることはない。


「う、…っく…ひ…おか、さ…」


 毛布を掴む手に力が篭っているのか指先は白い、じわりと額から汗を流し苦悶の表情を浮かべるナマエは苦しそうに涙を流した。
 リヴァイはベッドの中から抜け出しナマエを見下ろすように隣に立つ。無視して寝ようかと思ったが、きっと眠りを阻害されてしまうだろう。
 しゃがみこみ、汗ばんだナマエの髪を撫でる。いつもならこうして頭を撫でているだけでナマエの表情は和らぎ、穏やかな寝息を立て始めるのだが、今回は悪夢が酷いのか、ナマエの様子がよくなることはなかった。
 
 仕方がない、とリヴァイはナマエの肩を軽く揺する。揺すられたナマエは小さく唸り声を上げたが、うっすらと目を醒ますと焦点の合わない目でリヴァイを見上げた。
 視線は僅かに左右にぶれていてまだ現実と夢が区別出来ていないようだったが悪夢から醒めたナマエの目からは涙は流れない。
 ひっく、と小さくしゃくり上げた後、ナマエはようやく意識を覚醒させると一度大きく目を開いたが悲しそうに目を伏せた。
 まだ部屋の中は暗く、朝までは程遠いだろう。こんな時間にリヴァイが自分を起こす理由なんて一つしか思い当たる事はない。


「…ごめん、なさい…僕…またやっちゃったんですね」
「気にするな、自制出来る物じゃねぇからな」
「…でも…」

 
 リヴァイは仕方の無いことだと言うが、こう何度もリヴァイを起こしてしまってはナマエの気が収まらない。
 いくら謝っても足りない気がして、ナマエは俯き強く唇を噛んだ。
 

「どんな夢を見た」
「…えっと…覚えて、ません。怖い…夢だったのは、確かなんですけど…」


 心にじわりとへばりつく恐怖だけは覚えているが、悪夢の詳しい内容は覚えていない。力なく首を降るナマエだが、リヴァイはさして気にはしなかった。
 覚えていないことは、何時ものことだ。逆に覚えていると言われた方が動揺してしまうだろう。
 ナマエは夢の内容を覚えていないようだが、リヴァイは起こされる度に寝言を聞き、その内容をなんとなくだが理解していた。
 心が裂けそうな程の悲痛な声でつぶやかれるのは「おかあさん」と「おとうさん」という言葉だった。拾われるまでの記憶がないと言っているナマエだが、記憶の奥底では両親の事を覚えているのだろう。
 地下街では親が目の前で殺され、自分の心を守る為に記憶障害になってしまうという子供の話は珍しい事ではない。ナマエも恐らく、そう、なのだろう。


「寝れそうか?」


 リヴァイの問いかけに、ナマエは少し沈黙した後小さく首を降る。
 どんな夢の内容かは覚えていないが、恐怖だけは根付いて離れる事はない。今寝てしまえばその夢の続きを見てしまいそうだった。
 ナマエは毛布を掴み、口元近くまで引き上げるとくぐもった声で「起きてますから、リヴァイさんは寝てください」と呟く。自分のせいでリヴァイの睡眠を阻害している事が、ナマエには耐えられなかった。
 
 力のない笑を浮かべるナマエだが、その目は不安げに揺れ、ありありとした恐怖を訴えている。
 それに気が付かないリヴァイではなく、ナマエに気づかれないようにため息をつく。
 まだ5歳程度の子どもだ、悪夢を見て起きた時くらいはわがままや甘えを言っても良いと思うがナマエはまだ自分に心を許しきっていないらしい。


「ナマエ」
「はい…っ!?」

 
 リヴァイは自分の手でナマエの目を覆い隠す。
 いきなりの事で驚き肩を跳ねらせたナマエだが、されるがままに目を塞がれ暗闇の中目を閉じた。
 目に乗せられたリヴァイの手のひらはひんやりと冷たく、涙を流し熱を持った目元をじわりと冷やしていく。
 ナマエの眉間に寄せられていた皺が少し緩まり、毛布を強く握る指の力が緩んだ。リヴァイは暫くそのままナマエの目を優しく抑え続ける。


「ナマエ、明日の朝は何が食いたい」
「え?…えっと、何でも…」
「何でも、は無しだ」
「…卵と、ベーコンの…サンドイッチが食べたい…です」


 何故いきなりそんなことを聞くのかと思ったナマエだが、困惑しながらも小さく答える。
 家事全般をこなすリヴァイは勿論料理も出来、味も上々だ。好き嫌いの無いナマエは出された物は何でも食べていたが、その中でも一番好きなのが朝食に時たま出てくるサンドイッチだった。
 

「そうか。作ってやらない事もねぇな」
「ありがとうございます…」
「明日はきっと晴れるだろう、外に出てもいいな。…どこへ行きたい?」
「外…?こう、えん…」
「公園か…丁度食材も切れかけてるからな、悪くねぇ」


 目を閉じ暗い中。ナマエは明日のことをぼんやりと考えた。
 きっと晴れているだろう。晴天の中リヴァイと公園に行き、青々とした芝生の上に座る。
 遊具などは無くただの広い空き地のような場所だったが、地下街にはない穏やかな雰囲気が流れる外の世界が好きだった。
 リヴァイの隣に座り、空を流れる雲を眺める。きっと会話は無いだろう。それでも、気不味さは感じないはずだ。

 
「新しい服も買わねぇとな」
「…ふ…く…」
「朝と夜は冷えるからな、風邪をひくと面倒な事になるからな」


 優しく響く低い声を聞きながら、ナマエは買い物をする様子を思い浮かべる。
 迷子にならないように、後ろをついていかなくちゃ駄目だな、きっと手はつながせてもらえないだろう。
 早く明日にならないかな、きっと楽しい一日になる。


「新鮮な食材があったら補充して…」


 リヴァイは言葉を切り、ナマエを見下ろした。
 そっと手を離すがナマエの目が開く事は無く、穏やかで小さな寝息が聞こえてくる。
 表情も緩み、魘され不安にかられている様子も無い。

 やっと寝たか、とリヴァイは頭をかきながら一つ欠伸を噛み殺す。
 起きてからそう時間は立っていない、目を閉じてさえいれば眠ることができるだろうと思ってナマエの目を塞いでいたのだが、こうもうまくいくとは思わなかった。
 いくら強がり、気を使っていても所詮子どもは子ども、なのだ。成長盛りの年端もいかない子どもが睡魔に耐えられるわけもない。



「もう、泣くなよ」



 リヴァイは心地よい眠りにつくナマエの頬を軽く撫でた。





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ロカ様に捧げます!

眠れない夢主を寝かしつけるリヴァイという事で、ちょっと甘め・・・に・・・!
してみました。でもリヴァイって子どもの世話とかは下手そうだな…なんて思います、初めは起されるたびに足蹴にしていそうだな!なんて…!
珍しく良く喋るリヴァイを書いて、偽者に見えないかとても心配です;;
ですが、子どもの世話をするリヴァイをかけて本当に楽しかったです!
本当に、リクエストありがとうございました!











bkm
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