「先生、僕は」


 生まれ変わりなんて言葉、信じてはいなかった。
 死ねばそれで終わりであり、その先に何が待っているのかを知っている人間なんて居ないけれど、それでも生まれ変わって記憶があるだなんて、物語の中だけの事実だと、思っていた。
 だが、僕は何の因果か前世の記憶がある。今生きている世界は前世の僕が生きていた世界よりも遥かに進み人類の敵だった巨人なんて存在しない。沢山の人間が溢れ、街は夜でも明るく活気に満ち溢れている。
 
 ナマエという名前も、赤い目も容姿も、前世と変わらない。
 前世の記憶を思い出したのは高校の入学式だ、初めて袖を通した少し硬い制服に身を包み、緊張した僕は他の生徒と混じり入学式を迎えていた。
 校長の長い挨拶の後職員の紹介があり、その中で、彼を見つけた時、僕は全てを思い出した。
 

「…リヴァイ…?」


 気づけば僕の目からは涙が流れ、溢れ出る感情を止める事は出来なかった。
 周りにいた生徒は声を出すこともなく泣き出した僕を怪訝な目で見ていたけれどそんな事気にする程の余裕もなかった。
 脳内を巡る数々の思い出、親しい友人の死、人類に残された未来。そして、最も大切な人の死。全てを思い出してしまったのだ。
 その後の記憶は無い、気がつけば僕は自分の部屋にいて携帯に表示された時刻は夜の2時を回っていた。腫れた目を擦り重い頭を抑えながら起き上がり部屋の電気をつければ、机の上には母の置き手紙と夜食が乗せられていた。
 「疲れていたようだから起こさなかった。入学式で何かあったの?心配です。 母より」そう短く書かれた文章に無性に泣けてきた僕は声を押し殺して泣いた。

 今の僕は両親がいる。子供は僕一人だったが二人は僕に沢山の愛情を注いでくれた。客観的に見ても平凡ながら幸せな家族だっただろう。
 だが、両親も、前世の記憶が戻った僕にとっては他人にしか、思えなかった。愛された記憶も、一緒に遊園地や海に行った記憶もある、だけど、それよりも僕の心はそんな今の両親を家族と思うのではなく、昔の血の繋がりもない人を、家族だと思っていた。

 流れる涙を乱暴に拭った僕は、机の上に置かれている夜食のおにぎりを手で掴むと勢い良く頬張った。
 程よい塩味のおにぎりを、無心で食べる、ごめんねお母さん。でも、僕はもう思い出しちゃったんだ。

 コップに掛かっているラップを外し、麦茶を飲み干す。
 はあ、と一息ついた僕はベッドに倒れ込むと再び意識を手放した。
 




 翌朝、僕は両親が起きるよりも早くに起床し、「早く行くね」とだけ書置きを残し家を出た。
 着慣れない制服に身を包み、何度か通っただけの通学路を歩く。まだ通学時間には早い早朝な為道を歩く人はまばらだった。
 時々ジョギングをしている近所の人と出会って簡単な挨拶を済ませ学校まで急ぐ。
 生まれ変わって、リヴァイを見て、会ったとしてリヴァイが僕の事を覚えているだなんて都合のいい話はないだろう。
 それでも、僕の気持ちは落ち着かず心臓は早鐘を打ち気がつけば走り出していた。

 閑散とした校庭を走り、自分の教室へ向かう。
 リヴァイは先生となり、僕は生徒だ。運命なのかそれとも偶然かリヴァイは僕の教師であり、これから会う機会も増えるだろう。その前に、せめてリヴァイが僕の事を覚えているのかどうか確かめたかった。
 覚えていないのならば僕は遠くから見守るだけで構わない、沢山いる中の一人の生徒として、リヴァイを見つめていたい。
 だけど、もし。万が一リヴァイが僕の事を覚えていたら。そう考えただけで気持ちが早ってしまう。

 煩い心臓を落ち着かせるために何度か深呼吸を繰り返し、スライド式の扉の取手を掴む、僕の指先は僅かに震えていた。
 そっと横に滑らせ、僅かに開いた隙間から中を見るが教室内に人影は無かった。
 何だか落胆したような、安心したような複雑な気持ちを抱え大きく深呼吸を一つ付き、教壇の前へ向かう。
 黒板には大きな紙が貼られ、座席が示されていた。四角く区切った場所に書かれる生徒番号を見て自分の席を確認した僕は、教壇の真ん前の席へカバンを置いた。
 教室の一番目立つ場所に掲げられた時計は午前7時を示している。本来ならクラブ活動をしている者が朝練に来ていても可笑しくはないのだが、新学期二日目ということもあって、なのか周りは奇妙なほど静かだった。

 机の上に腕を置き、枕がわりにして顔を埋める。会いたい一心で意気込んで飛び出し朝早くに来たものの、そんな気持ちも冷めてしまっていた。
 無自覚の内に興奮してしまって、眠りが浅かったのか、頭を腕に預けていると少しずつ睡魔が訪れ僕の瞼はゆっくりと下がっていく。
 二番目に来たクラスメイトが寝ている僕を見たら驚くだろうな、新しい友達作りたかったけど上手くいかないかなぁ。なんてぼんやりと考えながら目を閉じた。

 浅い眠りについていたけれど、カツカツと小さな靴音が聞こえまどろんでいた意識は一気に覚醒した。
 その靴音は次第に大きくなり、こちらに向かってくる。ただ通りすぎるだけなのか、早めに来た生徒かもしれない。いや、生徒だったら上靴特有の音が響くはず。この足音は革靴のような音で、きっと教師の誰かだ。
 目を閉じたままそう考えるけれど、僕の体は金縛りにあってしまったかのように動かない。顔は扉の方ではなく窓の方を向いているから、狸寝入りだとしてもバレないはずだ。

 
 近付いていた靴音は、僕のいる教室の前で止まる。その後すぐに扉が開かれる音が響いた。
 じわりと手に汗を感じる、この教室にわざわざ来る教師が誰かだなんてすぐに分かる。担任である、リヴァイだろう。
 次の音が教室内に響くまでにかなりの時間があった。どうしたのかと不安になり始めていた頃にゆっくりと足音が僕に近付く。


「…ナマエ?」


 低い声が響いた。
 ぐっと唇を噛み締める、声は後ろから聞こえてきたからきっと気づいてはいないだろう。その声を聞き間違えるわけもない。
 昔の世界で僕が最も愛していた、大切だった人の声。
 胸の奥から張り裂けそうな、苦しい感情が溢れ出る。本当は飛びつきたい、すがりつきたい、でも彼は僕の事を知らないかもしれない。

 気配が近付く、二人しかいない教室の空気は何処か緊張を孕んでいた。
 
 気配は僕に近付いたまま動かない。まるで僕が本当に寝ているのかどうかを確認しているようだった。
 身じろぎ一つできず、僕は頑なに目を閉じ、リヴァイからの反応を待つ。彼が容姿だけ同じで心は別物なら、僕はただの生徒として記憶されていくだけだ。
 哀しいけれど、前世の記憶がある僕が可笑しいのだから仕方がない。


 ぐるぐると色々な事を考えていると、頭に何かを乗せられるような温かみを感じた。
 ぎこちなく撫でられる頭、僕の黒髪を梳くその手つきは、昔のリヴァイと少しも変わらない。
 


「リヴァイ、兄さん」
「っ!?」
 
 
 震える声で名前を呼べば、僕の頭に乗せられていた手は勢い良く離れていく。
 もう寝ている振りはしなくていいだろう。体を起こした僕は、リヴァイがいる方向を見た。
 驚きに目を見開き、僅かに口を開けるリヴァイ。容姿は同じだけど、見慣れない黒いスーツに身を包んでいる。
 

 
「兄さん…会いたかった」



 ぽろりと溢れた本心と共に、涙も目から溢れる。
 涙のせいでぼやけたリヴァイの表情は見えなかった。全てが白くぼやけているけれど、リヴァイは「何を言っているんだ」とは言わない、ただ静かに僕の前に立っている。
 目元を何度も擦る。泣き顔を見られるのが嫌で腕で顔を隠してはいるけれど、無駄なことかもしれない。
 ひっくひっくとしゃくりあげながら泣いていると、リヴァイから大きなため息が聞こえた。
 

「俺も、お前を探していた」


 リヴァイはそういうと、僕の腕を強く掴んで引き寄せる。いきなりの事でされるがままになってしまった僕はすんなりとリヴァイの胸に収まった。
 彼は昔から、抱きしめるなんて情熱的な事はしないが、ただ静かに頭を撫でてくれた。一緒に暮らしている時、怖い夢を見たと泣いていた時もこうして優しく引き寄せてくれる。
 

「兄さんっ…兄さん…!」


 僕は胸に縋りつき、涙を流す。
 時を超えた僕とリヴァイはこうして再会することとなった。
 教師と生徒。他人で兄弟。矛盾した関係だったけれど、きっと僕らの気持ちは確かに通じていただろう。



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夕凪様に捧げます!
現パロということでやはり学園モノで行かないと…!となりました。
夢小説を書いてきて、初めて学園パロを書いたのですがなかなかに難しいですね…!いや、でもすごく楽しかったです(*゚▽゚*)vvv
リクエストありがとうございました!






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