and speak no evil


 ここの世界は私の世界ではない。
 そう気付くまでに半年以上は掛かっただろうか。正確な時間は分からないが、体を燃やすように熱かった日光も今は穏やかで少し肌寒い程だ。
 巨人に喰われ目が覚めた私は気がつけば地下街に居た。どこの地区の地下街なのかも分からず周りの人に声を掛けたが皆私をキチガイかのように扱うだけだった。
 私は自分の身に起こった理解不能な現象を少しでも解決しようと情報を集め、ここは私が生きていた時間よりも過去だということが分かる。巨人はまだシガンシナ区の壁を突き破っていない。皆まやかしの幸せを噛み締め壁の中で悠々と生活を送っていたのだ。
 初めこそ、残酷な現実を何とか改善する為に行動していたが、シガンシナ区の壁が壊され人類の数割が食荒らされた時に未来は変えられないのだと悟った。泣き喚いても、他人に伝えても誰も信じてくれない。私一人の力は小さすぎる。
 
 未来を変える事を諦めた私は、「私とは、誰なのか」を突き止める為に行動した。沢山の人に聞いても誰も私の存在を知らなかったけれど、何度か人と交流を重ねる内に「私」はずっと前から、幼児の頃から地下街にいたのだとわかった。
 勿論私は地下街で生活していた記憶はない、家族も勿論生きていた。だが今の「私」は天涯孤独の身であり、国籍も存在しないただの女だった。
 外見こそ「私」と同じだったが、出生も何もかもが異なる。混乱し泣き喚き何度か自殺も考えたが、もう一度死んだあと、再び過去へ戻ってしまったり別の「私」になることが怖くて踏み切れなかった。

 ここは、私の世界ではない。私が「私」ではない世界だ。
 記憶にある限りでは、私は調査兵団に所属しハンジさんの部下として人類の為に命を捧げていた。壁外調査へ向かった私は、奇行種二体に囲まれ反撃も間に合わず捕食された(少なくとも私の記憶の中では)その時の痛みも、苦しみも全て覚えている。これが嘘だなんて、夢だなんて思いたくはない。
 だが今の「私」は14歳程度の少女だ。正しい年齢は分からないが、昔の私よりも少し幼く身長も低いことから、多分そのくらいだろう。
 
 未来を変える事を諦めた私だったが、このまま地下街で腐って死ぬ事も、出来なかった。
 私には夢がある。ハンジさんやリヴァイさん、団長達と、酒を飲むことだ。人類が巨人の恐怖から解放された日に夜が明けるまで、何も心配することなく飲み明かそう。そう語ったのは私ではなくハンジさんだ。ハンジさんのささやかな夢が、私の夢へと変わるのにそう時間は無かっただろう。
 今の私は無力、かもしれない。未来を変える力も無ければ、物語の進行を止める能力も持たない。だけれど、もう一度調査兵団となりハンジさんを支える事くらいは、出来る。
 この先の世界が、私の知っている未来と同じ未来を歩むとすれば、先回り足止め程度は可能なはずだ。

 
 そう、心に秘めながら104期訓練兵となった私は、沢山の人と積極的に交流した。
 三年後に巨人に変わる力を持ち、人類の光になるだろうエレンや、団長も信頼する頭脳を持つアルミン。そして訓練兵の中で最も強いとされているミカサ。そして。


「ライナー!ベルトルト!アニ見なかった?」
 

 対人格闘術を終え、木陰で休んでいた二人に声を掛ける。笑顔を浮かべ小走りでよれば二人は顔を見合わせた後少しだけ強ばった表情で、ぎこちない笑顔で手を振った。
 

「いや、見てないよ」
「ナマエはいつも俺達に聞くよな?なんでだ?」
「え?うーん、なんとなくだよ。近くにいたからね」


 知らないのなら、仕方ないか。と笑ってその場をあとにした。
 ヒソヒソと話す二人の声を聞きながらほくそ笑む。こうして少しでも精神的に追い詰められればいい。私はその為ならば自分の感情を押し殺して、君たちと友人関係を結ぼう。
 ライナー、ベルトルト、アニの三人は人類を滅亡に追い詰める悪の根源だ。まだ精神的に幼い少年少女達が架せられた宿命は中々に奇妙なものだとは思うが、慈悲をかけてやるほど私は優しくない。
 少しでも、殺した人間に罪悪感が芽生えればいい、そして自分の過ちに悩まされるがいい。そう、本気で思う。

 きょろきょろと辺りを見渡し、一人でぽつんと立っている金髪を見つけると、私は彼女に向かって走る。
 後ろからどん、と抱きつけばアニは困ったような呆れたようなため息をついた。


「あ、アニ!いたいたー」
「…何?またアンタ?」
「暇なのー遊ぼうよー」
「悪いけど、私は暇じゃない」
「えー。いいじゃんー」


 離してとばかりに抵抗するアニの体を抑える為に腕に力をこめれば、アニはもう諦めたのか嫌そうな目で私を見ただけだった。
 自分から人との交流を避け、孤立しようとしているアニだが、そんな事はさせない。訓練兵の中でアニと最も交流があり、他者から見れば友人だと思われているのは恐らく私だけだろう。
 絆を避けようとしているアニに無理矢理私という存在を押し付ければ、少しは罪悪感も、芽生えるはずだ。

 
「…わかったよ」


 アニはそう言って少し、微笑んだ。いつも無表情な鉄仮面だが、こうして微笑めば本当にまだ幼い子どもなのだと実感する。
 アニだって、人の心は持っているはずだ。巨人になれる力は持っているけれど、元は人間なのだから。人との繋がりを本気で拒絶出来るほど精神的に成熟もしていないだろう。
 騙している事に胸の痛みは感じない。私は笑を貼り付けたまま、アニを捕まえていた腕をするりと離し、隣に並んだ。


「次の立体起動の訓練まででいいからさ!私に格闘術教えてよ!」
「…ナマエは格闘術、好きなの?」
「うん!」
「…言っておくけど、手加減しないから」


 にやりと笑えば、アニも私につられて笑う。
 私の裏を何も知らない相手を騙す事に後悔は無い。だって、アニも私を騙し続けているのだから。
 



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Y子さんへ捧げます!
まさかのアニ相手になりましたどういう事だ…。
あまりにも性格が歪みすぎている主人公になってしまいましたが、楽しんでいただけると嬉しいです…!
本当にリクエストありがとうございました(*゚▽゚*)vv




bkm
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