浮かされた心


 額から滲みでた汗は頬を伝い顎から垂れる。
 いつも以上に赤く染まった頬は熱を持ち、少しかさついた唇は僅かに開き熱い吐息を吐き出した。
 うっすらと開かれた目は涙の膜を張り、ランプの光を浴びて艶やかに光る。


「はあ、は…ッ!ケホッ!」


 ぐっと眉を寄せ、ナマエは詰まった咳を零す。喉が張り付き焼けるように痛み、目から堪えられない涙が流れ落ちる。
 悩ましげに寄せられた眉間には深い皺が刻まれ、汗と涙が混じった顔は苦しげに歪められている。

 リヴァイは眠っているナマエの額の上に手を乗せると、伝わる体温の高さに心配そうに表情を翳らせた。
 ナマエが眠っている場所は普段ならリヴァイが使用しているベッドだ。潔癖症な彼は何があっても一緒に寝る事や、ここに寝かせることはなかったが流石にこれほどまで病状が悪化しているナマエを床の上に敷いた布団の上で寝かせる事はない。
 
 深い桶に汲んだ冷水の中に清潔感溢れる白いタオルを浸し強く絞る。汗で張り付いたナマエの前髪を払うと顕になった額の上に濡れタオルを乗せた。
 ふ、とナマエの表情が僅かに緩む。今まで定まらなかった視線をリヴァイに向けると、力なく微笑んだ。
 その微笑みはどう見ても虚勢であり、リヴァイの胸にちくりとした痛みが走る。


「リヴァイ…ごめ…ん、なさい…」
「ガキが気にするな。お前は熱を下げる事だけ考えてろ」
「…うん」


 ナマエはもぞもぞと掛け布団の下で腕を動かし外に出すと、リヴァイの方へ手を伸ばす。
 半ば無意識の内だったが、リヴァイはそれを見るとしっかりと握り締めた。こうして手をつなぐ機会など殆ど無かったが、記憶の中に残る体温と比べて遥かに高い。今からでも医者に見せたほうがいいのではないか、このまま朝を迎えて本当に大丈夫なのかと不安がよぎった。
 だが、ナマエには戸籍が無い。治安と土地柄仕方の無い事なのだが、戸籍が無ければまともな医療を受ける事も叶わない。そもそもこの地下街でまともな医師免許を持つ人間等無に等しく、潜りの医者は法外な学を請求するのだ。
 金が無いわけではない、腕なら信用できる医者だって知っている。だが医者に掛かることをナマエがかたくなに拒んだのだ。
 

「何か欲しいものはあるか」


 力のない手を強く握る。じわりとナマエから伝わる熱で手汗を感じたが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
 今まで一人で生きてきたリヴァイに他人を看病した事等あるわけもなく、このような場合にどうすればいいのか、どうすれば楽になるのかなんて分かるはずもない。
 取り敢えず高い熱を下げなければならないと思い額を冷やして居るのだが。思うようにナマエの病状は回復せず、どうしようもない苛立ちと焦燥感が募る。


「ん…冷たい、もの…食べたい」


 ナマエの呟きを聞いたリヴァイは軽く頷き一度強く手を握りなおすと、静かに離し部屋から出ていく。
 冷たいもの。何かあっただろうか。水は先程から何度も飲ませているし、食べ物ではない。低温を保ったまま保管する術なんて生活水準の低い地下街にあるわけもなく、リヴァイは食料が入っている大きな箱の中をごそごそと探った。
 手に当たった赤い林檎を掴み、何度か手のひらの上で転がした後で、これなら冷やして食べさせることが出来るかもしれない。と安心したようにため息を吐く。
 タオルを濡らす為に貯めておいた水に赤い林檎を浸し表面を丁寧に洗う。
 新鮮だとはいえ、どんな薬品が付着しているか分からない、地上で購入したものだが念には念を入れて何度も洗い、常温だった林檎が冷えた頃に引き上げ乾いたタオルで軽く拭いた。
 
 一人で生活する時間が殆どだったリヴァイは料理をする事は昔から嫌いではなく、もはや生活の一部となっているため包丁を扱う手つきに迷いはない。
 すっと刃を入れ赤い薄皮を剥き、病人でも食べやすいようにと一口サイズに切った。

 丸い皿の上に切った林檎を乗せ、包丁を洗うことなく流しに乱雑に置いたリヴァイは足早にナマエが寝ている自室へと向かった。
 
 カチャリと扉を開ければ、ナマエは閉じていた目を開けリヴァイを見つめる。
 何か持ってきてくれている事に気がつくと、力の入らない腕に懸命に力を込め起き上がった。


「無理するな」
「…大丈夫」


 ずるりと額から落ちたタオルは重力に従い布団の上に落ちる、リヴァイは気にすることなくそれを拾い上げる。掴んだタオルは既に人肌以上に温まっていて、その速さに舌打ちを打った。
 タオルを桶の中に戻したあと、リヴァイはベッドの横に腰掛け、ナマエが倒れないようにと背中に腕を回し自分にもたれ掛かるようにと引き寄せる。ナマエはそれに逆らうことなく、頭をリヴァイの肩の上に乗せ、ほうと短い吐息を吐いた。
 触れ合う箇所からナマエの早い鼓動を感じたリヴァイは、自分の肩に乗せられた頭を軽く撫でる。じわりと汗ばんでいる肌も、本来なら嫌悪しか抱かないはずだが、嫌悪感は無くその熱の高さと汗の量に心配になっただけだった。


「食えるか?」
「うん…」


 ナマエは頷くが、自分で食べるほどの気力が残っていないようで、ただぼんやりと林檎を見ていた。
 リヴァイが自分の為に切ってくれた林檎。いつものナマエならはしゃぎ嬉しそうに笑い、すぐに食べただろうが。そんな元気が残っているわけもない。

 リヴァイは指で林檎を摘むと、ナマエの口元にあてがった。
 ひんやりとした林檎が唇に触れ、ナマエは微かに口を開く。
 
 その小さな開きでは林檎を食べる事ができず、リヴァイはぐっと押し込むと無理矢理ナマエの口に林檎を入れた。
 指先に熱い唇と、前歯が触れる。ナマエはぴくりと肩を動かしたが何も言わず口の中に乗せられた林檎を舌先で絡め取り口を閉じた。
 引き抜いた指の先には唾液が付き、ぬめぬめと光る。リヴァイは暫く無言で自分の指先を見ていたが「汚い」と罵倒する事はなかった。
 

「リヴァイ…」


 ナマエはくい、とリヴァイの服を引っ張り上目遣いで見上げる。
 力のない笑を浮かべ目を細め、赤い舌先で唇を僅かに舐め上げた。


「…ありがと、林檎…冷たくて、美味しい」


 幼い子どもながらに、何処か色気を醸し出すナマエを見たリヴァイは暫し固まった後、目を逸らした。



 


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心葉様に捧げます!
看病ネタ、ということで。発熱した時特有の無防備でどこかエロい、そんな雰囲気を目座じてみました(笑
少しでも喜んでいただけたら…!と思います。
いつか逆パターンも書いてみたいな、と思いました…!
リクエストありがとうございました!




bkm
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