綺麗に掃除されたばかりの黒板に大して意味もない落書きをしていく。 この前俺に告白してきた子の名前、シズちゃんに喧嘩売るよう仕向けた奴の名前。いっぱい書いて一気に消す。今この瞬間に、その人たちの顔も名前も忘れてしまった。 皆シズちゃんには敵わなかったなぁ。チョークの擦れる音はすごく不愉快だ。窓を引っ掻いたときも気持ち悪い音が出たっけ。 「なんかさぁー暇だよねー」 「俺は暇じゃねぇよ」 「だって勉強しなきゃ留年だもんね」 「黙れ」 シズちゃんは馬鹿みたいに体育の成績だけは優秀なくせして、他はからきし駄目だ。典型的な体育会系。それに対して俺は全てにおいて平均以上は取るようにしている。成績程度の事で一喜一憂している暇はないし、新しい事を知れるのは案外楽しい。 「今どの問題ー?」 「……い、1番」 「……それって問2の一番だよね?」 「……問1」 プライドとか色々捨てたらしいシズちゃんは俺に勉強を教わりに来た。屋上から右足だけ掴んで逆さ吊りの状態で頼みごとされて、断れる奴がいたら教えて欲しい。 「まぁ、うん……これくらい俺の予想範囲内かな」 「悪かったな、馬鹿で」 「やだなぁ今に始まったことじゃないでしょ」 「……」 「あぁうん、こっちの解き方はね」 シズちゃんの持っていたシャーペンが真っ二つに折られた。 俺は大人しく、小学生にも分かるくらい優しく丁寧に説明することに集中しよう。 俺の小学生どころか猿でも分かるような説明をしてあげると、シズちゃんは少しずつだけど問題を解いていた。そんな姿を横に椅子を並べてうかがう。覗き込むように身を乗り出すと、シズちゃんが息を飲んだのが分かった。 「……なぁ臨也」 「何?どっか分かんない?」 違うと言うように軽く首を振られる。変に黙ったシズちゃんは気持ち悪い。いつもなら馬鹿正直に目を合わせてくるのに、どうしてか今は全く見ようともしない。俺が貸してあげたペンを握る手は、小さく震えているように見えた。 「俺が留年しなかったらよ……」 「……」 シズちゃんがいつも飲んでいるいちご牛乳。今日もまた買ったらしくて、机の上にあったのを勝手に飲んだ。いつもなら怒るのに今日は怒らない。自分で買ってこいって怒ってよ。 居心地の悪い空気をどうにかしようとしたけど、シズちゃんに服の裾を掴まれて何にも考えられなくなった。胸ぐらは思いっきり掴むのに何でそんな、壊れ物触るみたいな触り方。 「……わりぃ、なんでもねぇ」 掴んでいた袖から手が離れていく。掴まれていた場所を触ると、シズちゃんの熱が残っているような気がした。 「……えー気になるじゃん」 「何でもねぇよ」 あと勝手に飲むなと手に持っていたいちご牛乳は奪われる。シズちゃんはほとんど飲んでいないいちご牛乳。俺が飲むの分かってて残してくれてるんだと気付いたのはいつだったか。 臆病なシズちゃん。自分の身体がいくら傷付いても平気なくせに、心が傷付くのは一番怖いんだ。君の視線に気付かないほど俺は鈍くなんかない。特に好意の含まれた視線には。 留年しなかったら、なんて条件つけないで。そうやって逃げ道を作って曖昧にしようとしないで。いつも俺を殴るみたいに抱き締めてくれたって、俺は壊れたりしないのに。 久しぶりに飲んだいちご牛乳。シズちゃんが俺の好物だと思い込んで買ってくるいちご牛乳。 それはただ甘ったるいだけで、やっぱりおいしくなかった。 (俺が好きなのはいちご牛乳じゃなくて、シズちゃんなのに) |