グロ注意 静→臨 日照時間の増える夏。僕の一番嫌いな季節だ。寒い冬も嫌いだけれど。本来なら仕事でもない限り出かけたくはないのだけど、ストックしている包帯や薬品が減ってきたので行くしかない。 久しぶりに浴びた直射日光は容赦なく僕の体力を奪っていく。ベランダでの日光浴だけではやはり駄目か。 両手に抱えた荷物もどんどん肩に重くのしかかってくる。ついに足がもつれてしまい倒れそうになった時、後ろから伸びてきた腕が落としそうになった荷物を掴んだ。 荷物は助かったが、そのまま僕の身体は重力に従って地面にダイブした。 「ぐえっ!」 「……何してんだ」 顎に鈍い痛みを感じながらも後ろを振り返ると、そこには懐かしい人物が立っていた。 「……静雄?」 「よぉ」 数か月連絡もよこさなかった彼は、まるで何事もなかったかのように僕の前に現れた。 「久しぶりだね」 「そうだな」 立ち話もなんだからと、近くにあった喫茶店に入ることにした。僕はアイスコーヒーを、静雄はメロンソーダを注文した。 久しぶりに会った静雄は少し痩せたような気がした。それでも病的な変化じゃない。もう癖になってしまっている視診をしていると、あんまり見るなと髪の毛を軽く引っ張られる。相変わらず馬鹿力は健在だった。 「イテテ……元気そうで何より」 「お前も相変わらずだな。少しは体力つけろ」 「指の運動は毎日してるんだけどなぁ」 仕事でという意味もあるが、ほとんどはセルティとのテレビゲームだ。 本当に近年のゲーム業界は凄いと思う。何なら最新機種を買ったから今から家においでよと誘えば、興味ないからいいとすぐさま断られた。 「そういえば……臨也と喧嘩しなくなってから、君が僕の家に来ることもなくなったね」 「……そうだったな」 臨也と静雄の何でもありの喧嘩がなくなったのは本当に突然だった。高校の時から続いていたのに。それと同時期に臨也も姿を消した。元から何でも突然な奴だったから驚きはしなかったけれど、流石に数カ月も連絡がないのは心配だ。 臨也は今も連絡がつかない。死んだとか、どこかに拠点を変えたとか根も葉もないうわさ話なら耳にするが。 一方平和な日々を手に入れた静雄は、暴れることも減ったそうだ。彼は元から怒らさなければ大人しい人間だったのだから当然の結果なのかもしれないけど。 「臨也も今頃、どこで何してるのか……」 「……いる」 「え?」 静雄はグラスの氷をストローでつつきながら答えた。氷はくるくると緑色の液体の中を回る。いつもハキハキと喋る彼からしたら想像できないくらい小さな声だったけど、確かにそう呟いた。ストローを咥えた口元は、僅かに笑っているようだ。 「臨也がどこにいるか知ってるのかい?」 「今、一緒にいる」 「え?それって……」 一緒にいる、と言うのはそういう意味でいいのだろうか。一番近くで見ていた第三者の僕の知る限り、彼らは本当に憎み合っているようにしか思えなかった。本気で殺し合いのような喧嘩もしたし、臨也が骨を折られたりするのも何度かあった。 可愛さ余って憎さ100倍の逆とでも言うのだろうか。とにかく僕は今までにないくらい驚いた。 「……引いたか?」 黙って考え込んでいる僕の顔を見て、勘違いでもしたのだろう。静雄は複雑そうな表情を浮かべながら空になったグラスの縁をなぞっていた。 「そんなこと気にする仲じゃないだろう?そりゃ少しは驚いたけど、君たちが幸せなら応援するよ」 「……そうか」 静雄は照れくさそうに笑った。これはとうとう嘘や冗談ではないらしい。第一こんなウソをつくとしたら彼でなく臨也の方だ。 人間愛を主張していたあの男がまさか同性で、よりにも寄って静雄を選ぶだなんて。性格は真逆だったが、確かに本質的なところは似ていたのかもしれない。 「そうだ、臨也は元気?最近会わないんだけど……」 「……っ」 瞬間、静雄の顔はわずかに強張った。グラスに添えている手は小さく震える。額には汗を浮かべていた。サングラス越しに見えた目が、何かを探すようにきょろきょろと動いた。そして、自分の隣の椅子に置いたある物を視界に捉えると、安心したように大きく息を吐いた。 「……静雄?」 「……あいつ、ずっと元気なくてよ」 ぼそりと静雄は話し始めた。相変わらず視線は僕の方を向いていない。ある一点を見つめたまま、口元だけが動いていた。 「何言っても、怒って……慰めても泣きやんでくれねぇし……」 悲しそうに静雄の表情は歪んだ。まるで、自分のせいで関係ない人を巻き込んでしまった時のような顔。 「でよ、気付いたんだ。俺がずっと一緒にいないから……あんなこと言うんだって」 「……あんなこと?」 静雄は会ったときから大事そうに抱えていた鞄を膝の上に置いた。 黒い革でできたそれは、どこにでもありそうなデザインだ。男が持つにしては少し大きいとは感じるが、一体何が入っているのだろうか。ジジジと鈍い音を立てながら鞄のチャックを開ける。 瞬間、どこかで嗅いだ事のある匂いがした。思い出そうとしてもあと少しというところで出てこなかった。 「だから、今はずっと一緒にいる」 「静雄……?」 静雄は僅かに開けたチャックの隙間から中を覗いている。その顔は本当に幸せそうに笑っていた。開いた鞄の中身はここからは見えない。背中に嫌な汗が伝う。この男はこんなにも大きい鞄を持ち歩くような神経をしていただろうか。学校の鞄でさえ面倒だとほとんど教科書は学校に放置していた。それ以上に“今はずっと一緒”とはどういう意味だろうか。 「……わりぃ、もう行くわ」 「あ、ちょっと!」 突然立ち上がった静雄の腕を掴もうとした時、伸ばした手が偶然鞄に触れてしまった。その瞬間、僕のその手は勢いよくはたき落とされた。他の誰でもない静雄にだ。手加減してくれたのかもしれないが、物凄く痛い。現に手の甲は真っ赤になり、ジンジンと痛みを発していた。 「静雄……?」 「……わりぃ。でも駄目なんだ」 俺以外が触ったら、こいつ怒るから。そう言って彼は困ったように笑った。 静雄は愛しそうに鞄を抱えてそのまま店を出て行った。追いかけようとした足はその場から動くことができなかった。さっき鞄の中から香った匂いが何なのか、思い出してしまったから。 それから静雄は池袋から姿を消した。彼の仕事の上司も、大切にしていた弟でさえ行方は分からない。 ただ彼の家からは、首のない男の死体が見つかった。 元ネタがあるんですが原型ありませんね。ちなみにこの臨也は静雄に対して特別な感情を抱いてません。あまりにも拒絶するんで監禁されてしまいました。 |