※グロ表現あり 臨也から『夕食を作ったから一緒に食べよう』とメールが来たのは夕方のことだった。 俺は仕事中で、まだ帰れそうにない。遅くなるから先に食べていいと返信すると『早く帰ってきてね』とすぐさま返事が来た。今でもこういうやり取りには慣れない。 世間一般で言う恋人同士というものになった俺と臨也だったが、今までそんなものできたことがない俺にはむず痒くて仕方がなかった。 それでも家で一緒にいると素直に甘えて来る臨也は可愛かったし、こうやってご飯を作って帰りを待ってくれているというのは嬉しい。きっと今頃この前渡した合鍵を使い、俺の家で待っているのだろう。そう思うと今まで以上に仕事を頑張れる気がした。 結局仕事が終わった時、時刻は9時を過ぎていた。どうして今日に限って時間のかかる客ばかりなのか。ものすごく苛立っていたが、そんなことを言っている場合ではない。機嫌取りというわけではないが、食後に食べるためのデザートをいくつか買って帰る。 すでに開いている玄関の扉を開けて中に入る。すかさず音に気付いた臨也が走ってきて、そのまま体当たりするように抱きついてきた。 「うおっ」 少しバランスを崩しそうになったが何とか持ちこたえる。俺よりも小さな体を抱きしめ返すと、背中にまわされていた腕の力はさらに強くなった。 顔が見たくて胸元に埋めていた髪を撫でると、耳を赤くしながらゆっくり顔を上げた。さっきは気付かなかったが、臨也の口元には白いマスクが付けられていた。 「……風邪でもひいたのか?」 臨也は首を左右に振ると、俺の腕を掴んで部屋の中に入るよう促した。連れられるままソファに座ると臨也もその隣に座る。テーブルの上にあった自分の携帯を手に取ると、素早く指を動かして何か操作していた。 『少し喉痛めただけで、身体は平気。ちょっと声がでないけど』 メール機能を開いていた画面には、そう打ち込まれていた。まるでセルティと会話しているような気分だった。 そんな事を思っているとまた臨也は携帯を操作する。こんなにもメールを打つのが早いだなんて知らなかった。 『セルティみたいって思ったでしょ』 「よく分かったな」 『シズちゃんの顔見たら分かるよ』 臨也は昔では想像できないような笑顔を浮かべると、身体をすり寄せてきた。最初こそ刺されるんじゃないかと身構えていたが、本当に悪意なんてなく甘えているだけらしい。肩に頭を持たれさせながら臨也はまた、携帯になにか打ち込んだ。 『言い忘れてたけど、おかえり』 「……ただいま」 いつもは唇にしていたが、マスクをしているから仕方なく頬に口付ける。口にできない分回数を増やしてやろうと何度もしていると、携帯を押しつけられた。 『先にご飯食べよう?』 困ったような笑いを浮かべながら臨也は台所の方へ行ってしまった。流石に自分でもやりすぎたと急に恥ずかしくなる。手を洗うついでに顔も洗って頭を冷やそうと俺は洗面所に向かった。 『おいしいかどうか分からないけれど……』 洗面所から戻ってくるとテーブルの上には、普段レトルト食品ばかり食べている俺の家には似合わない料理が並んでいた。真ん中には白い器に入ったビーフシチュー。その横には透明の器に盛られたサラダ。そしてロールパンが二つ添えられていた。まさかパンまで焼いたのだろうか。 『流石にパンは市販だからね』 「わ、分かってる」 また考えていたことを当てられる。そんなに俺は顔に出やすいのだろうか。とにかく腹も空いていたことだし食べることにする。正面に座っている臨也は、穴が開くのではないかと思うほど俺の食べる動作を見つめていた。 いつもはそんなことしない。今日は味に自信がないのだろうか。少し大きめに切られた人参やじゃが芋、玉ねぎや肉の入ったビーフシチューからはいい香りがした。いただきますと一言告げてスプーンの上に乗せた肉を口に入れる。 『どう?』 「あぁ、うまいよ」 『良かった』 少し黙っていた俺に不安を感じたのか臨也はおずおずと聞いてきた。本当は肉が少し固いと感じたが、それは臨也のせいじゃない。それ以外は特に気になることもなく、本当に上手く作れていた。 最近ファーストフードばかりで、久しぶりに食べた野菜もおいしい。パンもうまいと言うと市販だから当然だよと少し拗ね気味に返された。 それからはしばらく携帯で話しかけて来ることもなく、臨也は黙って俺が食べているのを見ていた。拗ねてしまったのかとも思ったがその顔は凄く嬉しそうで、そんなにこの料理には思い入れがあるのかと思った。 『ねぇ、おいしい?』 あと少しで食べ終わるという頃。臨也はまたおいしいかと聞いてきた。こう何回も聞いてくることは滅多にない。そういえば臨也は先に食べたはずじゃないのか。 「手前の作った料理はいつもうまい」 『違う、今日は特別なんだ』 「……何か特別もんでも入れたのか?」 なんとなく言ってみると、臨也は嬉しそうにうなづいた。やっぱりさっきの肉が違うのだろうか。俺は正直物の価値は分からないが、もしかすると高い肉だったのかもしれない。もっと味わって食べるべきだったか。 うまいからまた作って欲しいと頼むと、臨也は少し複雑そうな表情を浮かべた。 『シズちゃんの為に用意したの。シズちゃんだけの為に。でもごめんね、もう二度と同じものは作ってあげられない』 「……二度と?」 俺が首をかしげると臨也はマスクをとった。そのまま俺の横に立つと目を閉じて口付けてくる。いつものように薄く開いた唇から舌を差し込むと、妙な違和感に気付いた。ゆっくり臨也の肩を押し返す。口内に残る、僅かな鉄の味。 「臨也……?」 相変わらずにっこりと笑みを浮かべながら開いた臨也の口の中には、舌がなかった。 一応元ネタがあるんですが、マイナーですかね。 |