小説 | ナノ
食べないでください




縦横20×20字詰めの原稿用紙。
三年生なれば進学だろうと就職だろうと文章を書く能力は必要だと言いだした現文の教師からの、ささやかな贈り物という名の夏休みの宿題。
『好きな食べ物について語る』という、どうも高校生には似つかわしくない題材だった。

夏休み前にもらった宿題は早めに終わらせようという臨也の提案で、放課後の教室にいつものメンバーが集まることになった。
夏休みが近いこともあり、授業も午前中で終わる。校舎に残っている生徒は多かったが、ある人物のおかげかこの教室には自分たちしかいなかった。

昼食やおやつの買い出しという事で臨也と京平は学校近くのコンビニに行っている。
もちろん静雄は臨也と二人で行くか二人で残りたいと駄々をこねたが、その臨也本人に黙って宿題をしろと怒られて今は少ししゅんとしている。

さっきからシャーペンを解体しては組み立てるという作業を繰り返していた。変なところで器用なことをする男だ。机の上に広げられた原稿用紙を盗み見る。静雄がどんなものについて書こうとしているのかという好奇心は、一瞬にして後悔へと変わった。

「ねぇ、静雄君」「あぁ?なんだよ」
「折原臨也は食べ物じゃないよ?」

そう、皺くちゃになっている原稿用紙の題名部分には何とか読める字で『好きな食べ物は折原臨也』と書かれていた。正確に言うと名前の漢字を間違えているが、あえて指摘しないでおこうと思う。

「いや、同じだろ」

さも当たり前のように答える静雄に、自分が間違えているような錯覚に陥る。騙されてはいけない。おかしいのはこの男だ。それともまさか彼にカニバリズム的な趣向があるのだろうか。

「食えるだろ、性的な意味で」

持っていたシャーペンが折れる。鼻息荒く拳を握る姿は気持ち悪い以外の形容詞が思いつかなかった。これに対してかっこいいと一部の女子は騒いでいるらしいが、この姿を見たら百年の恋も冷めると思う。

「いや、色々間違っているよ。第一臨也に無許可はいけないと思うなぁ」

どうせ許可なんて下りないだろうけどね。

「そ、そうか……もし表彰でもされたらどうする。大勢の前でいきなり告白されたら臨也のやつも迷惑だよな……あぁ見えて純情なところあるし……」
「まぁ……迷惑だけは正しいだろうね」

表彰云々は臨也が静雄に告白する並みにあり得ないとして、おそらく放送禁止用語ばかりを並べられた作文を教師に提出されること自体が臨也には迷惑だろう。きっと処理に困った教師は臨也本人に助けを求めるに違いない。
怒って手のつけられない静雄を宥めるのはたいてい臨也の仕事だ。

本人はうるさくて昼寝ができないだとかトランプで作っているタワーを崩されたら困るから怒るらしいが、それでも周りからしたら救いの船であることに変わりはなかった。

怒られた静雄も臨也に話しかけられたとぶつぶつ言いながら、真っ赤な顔をして席に着く。良いのか悪いのかよくわからない循環だ。

「そういう新羅は何なんだよ」
「え、僕?もちろん僕はセルティの作った料理全般だよ」
「……へぇ」

自分から質問しておいてその反応は失礼だと思うのだけど、そんな常識彼にはなかったよね。

僕との言葉のキャッチボールを強制終了させると、しばらくぼーっと窓の外や何も書かれていない黒板を見詰めていた。さぁ僕も自分の宿題を終わらせようとペンを持ったと同時に、静雄はゆっくりと立ち上がった。

「……好きな食べ物が臨也っておかしいよな」
「え、何急に」

いきなり当たり前のこと言われてもこっちも困る。普段が普段なだけにこうやってたまに真面目なことを言い出すと、熱でもあるんじゃないかと心配してしまう。

「だってよ、臨也に突っ込むのは俺であって臨也じゃねぇ。どっちかって言うと俺は食われてるよな。なんてこった……」

なんてこったは君の頭の中だよ。熱なんてないよこれが彼の通常運転だよ。

「なぁ、どうしたらいい?俺が臨也に突っ込まれ……」

途中で想像してしまったのだろう。口元を押さえながら大人しく席に座りなおした。
どうしよう。これ以上この話題について触れたくも意見したくもない。

「ただいまー」
「……悪い、待たせた」
「お、おかえり二人とも!!」

助け舟とはこのことか。臨也と京平は素晴らしいタイミングで戻ってきた。

案の定というか京平は4人分の荷物を持たされていた。ご飯類だけでなくペットボトルを持たせるのなら静雄のほうが都合がよかったはずなんだけど。
京平は額に浮かべた汗を常備しているらしいハンカチで拭いながら、臨也を見て溜め息をついていた。保護者は疲れるよね。

臨也といえばコンビニで買ったであろう棒付きのアイスクリームを涼しげな顔で頬張っている。もちろん汗なんてかいていない。
「どう?シズちゃん頑張ってる?」
臨也が作文を横から覗き込もうとすると静雄は両腕で原稿用紙を隠した。一応は羞恥心があるのだろうか。そんなものあっても鼻で笑ってあげるけど。

「なんで隠すのさー」
「いや……間違えたから書きなおす」
「ふーん……」

俺何書こうかなぁーとアイスを舐め続ける臨也に向けられている太陽よりも熱いだろう視線に、僕と京平は気づかないふりをした。








後で無理矢理見せられた静雄の原稿用紙には『ミルクアイスを食べる折原臨也』と書かれていた。そのあとも続く表彰どころか、やはり人には見せられない放送禁止用語の数々。
もう僕は何も言う気が起こらずただ、よく原稿用紙24枚分も書けたねとしか言えなかった。

それを言った時の静雄の顔は、臨也の使用済みストローをゴミ箱から拾ってきたときと同じくらい達成感に満ちていた。


後日京平から聞いた話によると静雄は作文を提出した次の日からずっと、臨也に無視されているらしい。
それでまた不機嫌になった静雄が暴れて、臨也にうるさいって怒られて、怒られたことに静雄が喜んでまた臨也が怒って。
あぁ、世の中は循環しているんだね。
ちなみに僕はセルティの料理について合計47枚にも及ぶ原稿用紙を提出して、腱鞘炎にならなかったのかといらぬ心配ごとをされた。
本当はもっとあったのだけどね。




















臨也が無視している理由はシズちゃんのせいで新学期早々教師に怒られたからです。
作文の内容に関してはちょっと照れていたそうな。
原稿用紙47枚って何文字だ……


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