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とろけるキッスはどんな味?




今日は朝から頭が痛かった。
目が覚めて洗面台で鏡を見れば首に無数の赤い蚊に噛まれたような痕。

寮に入ってからやけに蚊に噛まれると思っていたけど、、これが蚊じゃないということを知った。
今まで人付き合いというものを
ほとんどしたことがなかったから、あたしはそういう知識が乏しい。知りたくもないことをあいつに教えられた。

仕方なく今日は包帯を首に巻いて学校へ行った。すれ違う度に見られて、いちいち睨むのも疲れた。
そしてただでさえ疲れているのに寮へ帰ってくれば、頭痛の原因がさらなる追い討ちをかけてくる。

「……シズちゃんちゅーして」

そう言って広げられた腕に、目眩がした。
部屋に戻ったあたしに開口一番そう言ったのは、同室の折原臨美だ。

四字熟語に詳しい友人はこいつの事を、容姿端麗で純情可憐ぶってる人面獣心だと言っていた。

意味は全く分からないが、たぶん見た目は悪くないのに中身が腐っているっていう意味だろう。そうに違いない。
そして何よりもそれを学校では隠しているものだからたちが悪い。

「だって、いつも私からちゅーしてばっかりなんだもーん」

頬を膨らまして私のベッドに寝そべる臨美。それ以前に、私と臨美はそんな事をする関係じゃない。昨日のあれだってこいつが勝手にしたことだし、私はいつもされるがままだ。もちろん抵抗はする、別に許しているわけじゃない。

「寝言は寝て言え」
「……ひどい!シズちゃんからの愛を全く感じないんだけど!」

わざとらしい泣き真似をしながら顔を私の枕に擦り付ける。まだ化粧落としてないんじゃないかこいつ。枕が汚れる。
頭痛は酷くなるばかりだ。制服をハンガーにかけてラフな格好に着替える。これでもかと視線を感じたが無視だ、無視。

「シズちゃんの、ばか」
「……なんだよ」

いつもなら後ろから抱き着いてきて胸を触って来るのに、今日は何もしてこない。いや、期待してたわけじゃない。絶対にない。振り替えると臨美は枕に顔を伏したままで、そのまま動かなかった。

「……あのねぇ、シズちゃん」
「なに」
「告白、されたの」
「……はぁ?」

いや、告白された事に驚いてるんじゃない。臨美は見た目だけは良いのだから、毎日されているはずだ。それを今さらなんで悩む必要がある。

「……誰に」
「……三年の、先輩」
「……あぁ、あれか」

うろ覚えだけど、見たことがあった。前に校舎から臨美を見ていた奴だ。物好きな奴もいるもんだと思ってた。

「で、何で今さら悩むんだよ。嫌なら断ればいいだろ」

それかお得意の人間観察とやらの一貫で、気のあるフリして反応を楽しむか。しかし意外にも、臨美は涙目で私を睨んできた。

「断ったよ!断ったのに、しつこく言ってきて……い、嫌だって言っても、聞いてくれなくて……」

泣きながら臨美は私に抱き着いてきた。あいにくあたしには全部演技にしか見えない。
でも泣かれていい気分はしなかった。臨美は何があっても笑っていたから、これは居心地が悪い。

とりあえず頭痛が酷くなったから、後でその男を締めよう。
男子寮のどの棟に住んでいるだろうか。まぁ、一つずつ潰していけばいいか。

「しつこいから、好きな人がいるって言ったら……誰だって、しつこく聞いてくるし……」

好きな人なんていたのか、と少し驚いた。臨美はよく人間全員好きだとか言うから、特定の奴に限定するだなんて思っていなかった。

「で、何か言われたのか?」

臨美は震えながら私の耳元に顔を近付けて。

「い……いきなりキス、された」

そう、臨美は確かに呟いた。消え入りそうな声だったけど、確かにそう言った。
たしかにそれは同情はする。いくら嫌いなこいつでもだ。
臨美がそいつのことどう思ってるかは知らないけど、好きでもない奴にされたら吐き気がするだろう。あたしなら原型留めないくらい殴ると思う。

「シズちゃん……気持ち悪いから、その……」

だからキスしろと。前に新羅の家にあった漫画で読んだ、消毒とやらだ。あたしには意味が分からなかったけど。そんなことしてもバイ菌は死なないだろ。

身長差的に自然と上目遣いになる臨美。腹が立つけどその姿は絵になっていた。

声には出さず、もう一度臨美の口が「お願い」と動いた。

今まで頬にキスは何回かされたが唇はしたことがない。というか、いつも阻止していた。
あたしは元から人に触られるのが嫌いだったし、一応は同性とすることに抵抗があったから。
唯一気に入っている、綺麗な赤い瞳から涙が流れた。頭の中でこれは演技なんだと警報を鳴らしていた。全部嘘で、あたしを騙そうとしている。こいつは今腹の中では大笑いしているに違いない。

……なのに、気付いたらあたしは涙を指で拭っていた。臨美の大きな目が何回も瞬きする。それにつられて、あたしも瞬きした。

「……シズちゃっ」
「……いいから早く目ぇつぶれ!」

臨美は慌てて目を閉じると、僅かに背伸びした。臨美の唇はグロスを塗っているのか、ピンク色でちょっと濡れていた。白い頬は少し赤くなっている。あたしはもっと赤くなっているだろうに。

もう自棄だ。臨美の肩を掴んであたしも目を閉じて唇を押し付けた。将来後悔するだろうか。ファーストキスが女で、しかも相手が臨美だなんて。

触れた唇は何だか柔らかくて、今まで感じたことのない感触がした。ゆっくり唇を離すと臨美は下を向いてたままで震えていた。
泣いているのか気になって顔を覗き込もうとしたら、勢いよく抱き付かれた。結構な力できたから、背中を壁にぶつけた。地味に痛い。

「……手前やっぱり演技だっ」
「好き、シズちゃん大好き」
「!!」

臨美はそう言ってあたしの肩に顔を擦り付けた。化粧が服に付くだとか、抱き付くなとか言いたいことはたくさんあるはずなのに。口から出てくるのは声にすらなっていない悲鳴だった。













(そういえばレモンの味……しなかった、な)

(シズちゃんのファーストキス貰っちゃた!)


キスされたなんて嘘に決まってるじゃないですか。


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