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朱隠し


来神で吸血鬼パロ。



手を伸ばした先には、ほこりのかぶった電灯しかなかった。横を見れば、暴れたせいで金具が数個とれたカーテン。ここに誰もいなくて良かった。無理矢理剥がされたガーゼは丸められて床に放られる。剥がされた時のピリリとした痛みに目をしかめると、腕を掴む手に力がこもった。

「……早くしてよ、次の授業移動なんだからさ」
「……こんなときだけ真面目に出席しようとすんな」

瞬間、首筋に強い痛みが走った。針で指先を刺したときのあの一瞬の痛み。それがいつまでも続く感覚。最初のころは痛みのあまり気絶していた。今では痛みよりも貧血のせいで気絶することの方が多い。続いて引きちぎるような勢いでシャツを脱がされる。実際に破られたこともあった。無我夢中に貪るシズちゃんの派手な髪の色を見つめているうちに、いつのまにか視界が真っ暗になっていった。


鏡に映る自分の首筋には、血が乾いた赤黒い点が2つあった。それを隠すように新しいガーゼを貼る。以前よりも青白くなったような自分の顔色。あの後、気絶した俺を置いてシズちゃんは行ってしまった。いつもそうだ。突然喧嘩を仕掛けてきたと思ったら、こうして人目につかない場所に追い込んで自分の気が済むまで血を吸う。おかげで俺は万年貧血だ。まだよろめいてまともに立つこともできない。保健医はどこへ行ったのだろうか。そろそろ帰ってきてもおかしくないはずなのに。
シズちゃんは、人間じゃなかった。元から驚異的な身体能力を持っていたけど、新羅はあくまでも人間だと言っていた。だが違う。シズちゃんは正真正銘の化け物だ。定期的に人間の血を吸わないと、生きていけない哀れな生き物。吸血鬼なんて、おとぎ話だと思っていた。でもシズちゃんが血を吸おうとするときの犬歯は確かに大きくて、恐怖を感じた。太陽の下に出ても、十字架を見せたところで何もない。それでもたしかに彼は自分のことを吸血鬼だといった。
彼は、俺のことを餌としてしか見ていない。シズちゃんは肉体的には強いけど、心は誰よりも弱かった。他人に嫌われるのも拒絶されるのも怖くて仕方がない。そして誰よりも自分自身が怖くて、自分が大嫌い。本人から話を聞いたわけではないけど、見ていてわかる。俺は、シズちゃんのことが好きだった。哀れな生き物にいつしか愛着を持ってしまった。
シズちゃんが普通の人間じゃないと知った時には、もう好きになっていた。ただシズちゃんと関われたらよかった。そのために血を吐くような努力をして、シズちゃんと互角に喧嘩できるようにしたのに。今ではまともに走ることもできない。引き摺られるように人気のない場所へ連れて行かれるだけ。

俺と喧嘩しなくなってからシズちゃんは普通になった。暴力を奮うこともなくなり、普通に友人を作っている。休み時間には他の生徒と談笑して、楽しそうに笑う。そこに俺はいない。少しでも身体がもつようにと、新羅から半場強引に貰った栄養剤を常に口にしている。きっと餌としての価値がなくなってしまえば、シズちゃんは俺のことをそれこそ見てくれなくなる。それだけは絶対に嫌だった。

「健気というべきところなのかなこれは」

背後から諦めたような声の新羅に声をかけられる。俺がシズちゃんを慕っていると知っている新羅は何かと関わろうとしてくる。もちろん邪魔するわけでも、応援するわけでもない。ただ自分が言いたいことだけを言うだけだ。

「……新羅には分からないよ」
「うん、分からないね。分かりたくもない」

にっこりと笑いながらマスクを差し出される。最近抵抗力が弱っているせいか、風邪が長引いていた。

「僕に移されたら困るからね」
「……あっそう」

大人しくそれを着けると、ちょうど咳き込んでしまった。早く体調を万全にしたい。そうじゃないと、シズちゃんに血を吸ってもらえない。シズちゃんは血を吸った後、必ず俺を抱いた。あまり優しいとは言い難い抱き方だけど、それでも俺が幸福を感じるには十分だった。シズちゃんは俺のことを馬鹿な奴だと思っているのだろうか。男に足を開く、情けないやつだと。以前吸血鬼について調べたことがある。本来彼らは異性の血しか吸わない。同性の血は、あまりおいしいと感じないらしい。だがそれも所詮はネットや本に書いていることだ。信憑性は低い。現にシズちゃんは俺の血を平気な顔をして吸っている。ガーゼ越しに傷口を撫でながら、俺はまた不味い栄養剤を喉の奥に流し込んだ。




「ごほっごほっ」

数日後、またお腹の空かせたシズちゃんに連れて行かれる。今日は学校が午前で終わったせいもあって、俺の家に行くことになった。その日は朝からどうも調子がおかしかったから、本当は早く帰りたかった。でもそれが叶うわけもなく。
シズちゃんの家に行ったことはない。彼の家族の話を聞いたこともないし、家などどこにあるのかも知らない。調べれば簡単に分かりそうだが、それはなぜかしなかった。
エレベーターを使ったのに呼吸が乱れたせいで咳が止まらない。落ち着かせようとすればするほど、息が苦しくなっていく。弱った身体にあの不味い栄養剤は逆効果だったらしく何度か吐いたこともあった。霞み始めた視界にやばいと思った。早くベッドに行って寝転べばいい。後はただシズちゃんが満足するまで何も考えなくていい。そう、思っていたのに。

「もういい」
「……え?」
「もう、手前の血は吸わない」

一瞬、シズちゃんが何を言っているのか分からなかった。ただ脱いだばかりの靴をもう一度履こうとしていることは分かった。まるで、頭を何かで殴られたような衝撃を受けた。シズちゃんは俺に背を向けているから、どんな表情で言っているのかは計り知れない。

「あ……そう、そうなんだ……ふーん……」

素っ気なく言ったつもりだったけど、思っていた以上に俺の声は震えていた。シズちゃんは一度も振り返ることなく、出て行ってしまった。パタリと閉まったドアを見届けて、俺は床に倒れ込んだ。今は指先一本動かすことすらできない。ついに俺は、餌としての価値もなくなってしまった。友達でもなく、喧嘩相手でもなく、恋人でもない。俺たちはまた他人に戻る。そう考えただけでもう全部がどうでもよくなってしまった。













続きます。

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