失恋して学校を休むだなんて女子かと思った。泣いたせいで身体が疲れたのか熱を出してしまった。布団の中で何度も泣いた。シズちゃんからどうかしたのかとメールが来ていたけど、返信できなかった。今優しい言葉をかけられたら俺はシズちゃんを苦しめてしまう。自分の幸せを手に入れるために大勢の人を不幸にしてしまう。中身が女々しいだけで外見はどう見ても男にしか見えない。それにまた悲しくなって、目の前が涙でぼやけた。 それからすぐ熱は下がって、2日ぶりに俺は学校へと向かった。わざと遅く家を出ると、当然のことながら学生とはすれ違うこともなかった。学校に着くとまだ授業中だったから屋上へ向かった。別にすることなんてないけど、勉強する気にもなれないから空でも見ていよう。そう、思っていたのに。 「……シズちゃん」 そこには紙パックのジュース片手に座っているシズちゃんがいた。シズちゃんがいつも授業をさぼるのは俺に誘われた時だけで、一人でサボることなんて今までなかった。不真面目なのは外見だけで真面目なはずなのに。 「昨日までどうしたんだよ臨也。ずる休みでもしてたのか?」 「……別にどうだっていいだろ」 久しぶりに出た声は予想以上に低かった。シズちゃんはびっくりした顔をしていたが、もう止められない。俺はシズちゃんと距離を置いて過ごすんだ。今この瞬間から、この先ずっと。 「んな言い方しなくても……」 「だから、関係ないって言ってるんだよ!」 思わず怒鳴るとシズちゃんはムッとして、思いっきりドアをきつく閉めながら出て行った。ものに当たることも今までなかったのに。 「……これで、いいんだ」 緊張の糸が解けたようにその場に座り込む。これでシズちゃんは俺のことを嫌いになって近寄らなくなるだろう。でもそれだけだと不安だから、共通の友達である新羅にも悟られないよう気を付けないと。きっと何か察して余計なことをするだろうから。 「俺の分の幸せをあげるから、幸せになってね……シズちゃん」 どう頑張ってもみんなが幸せになる方法はない。それなら俺はシズちゃんのために不幸になることを選ぶよ。 あれからシズちゃんとは一度も話していない。避けられているというよりは、俺が避けていると言った方が正しかった。何度か声をかけようとしていたようだが、その度俺はシズちゃんから逃げた。今さらどんな顔をすればいいのか分からなかった。そんなことを2週間ほど続けて、先にしびれを切らしたのはシズちゃんの方だった。帰り道、そこにシズちゃんがいた。道の脇には自転車が停めてある。つまり俺が来るまで待ち伏せしていたのだろう。その目はまっすぐ俺のことを見ていて、思わず立ちすくんでしまった。別の道を行こうと思ったが、生憎ここは一本道だ。意を決して早歩きで進むと、案の定腕を掴まれてしまった。 「待てよ臨也」 「……離して」 「何だよ最近。言いたいことがあるなら言えよ」 「……君には関係ない」 「じゃあ何で俺のこと避けんだよ!」 怒鳴られて肩がびくりと震える。こんな怒ったシズちゃん見たことがなかった。今まで喧嘩らしい喧嘩なんてしたことがなかった。いつもシズちゃんが言い返すのを途中でやめるから。それに俺は甘えきっていた。何を言ってもシズちゃんは許してくれる、何をやってもきっと許してくれる。そういう卑怯なところが駄目だと知りながら。 「……好きなやつ、いるのか」 正直驚いた。と、同時に不安になった。シズちゃんはそういう話に疎いはずだ。俺がシズちゃんを見ているのがバレたか、もしかすると彼女に何か言われたのかもしれない。 「…何、急に。何でそんな話に……」 「そいつのせいでお前は今苦しんでんのか」 「別に、苦しんでなんか……」 「じゃあなんで泣きそうな顔してんだ」 その言葉が妙に苛ついた。俺は誰かに弱っているところを見られるのが嫌いだ。それはシズちゃんがよく知ってる。 「シズちゃんには分かんないんだよ!何にも知らないくせに勝手なこと言わないで!俺だって苦しいよ?本当は諦めたくなんかない。でもそれじゃ駄目なんだよ!」 「駄目なんて決まって……」 「俺が好きなのは男なんだよ!」 言った瞬間、シズちゃんが緊張したのが分かった。俺は一体何を言っているのだろう。こんなことを言って、気持ち悪いと軽蔑されたらどうしよう。無視されるのは耐えられる。でも男を好きなことを責め立てられたら、耐えれる自信はなかった。だから、俺はいつものように強がるしかない。そうしないと全部駄目になってしまいそうだった。 「……軽蔑した?そりゃそうだよね、男が男を好きになるなんておかしい」 「……臨也」 「気持ち悪いって自分でも分かってるんだ。相手にも迷惑がかかるって……」 全部本当のことで、自分でも分かっているつもりだった。だが改めて声にすると悲しいだけだった。 「自分の幸せのためにその人を苦しめるのと、その人の幸せのために自分が苦しむ。どっちを選ぶかなんて最初から決まってるんだよ……シズちゃん」 「でも、もしかしたら大丈夫かもしれないだろ?俺にできることなら何でもするし、な?」 そう返された瞬間、何かが壊れた。シズちゃんは悲しむ俺のことを慰めるために言ったんだろう。自分を殺して相手の幸せばかり願ってもお前は幸せにならないと俺を諭した。それが俺を今すぐ消えたいと思わせているとも知らずに。 「……シズちゃんは優しいね」 その優しさが今は辛い。余計なことはしなくていいと言いたかった。だけどシズちゃんは本当に俺のことを心配してくれている。涙ぐむ俺の頭を撫でてくれる。それが余計に俺を苦しめているとも知らずに、傷口を抉るように優しく接するんだ。 「そうだね……もしかしたら、振り向いてくれるかもしれないよね」 そんなことはもうないと、分かった。 「そうだぞ臨也。行動する前に諦めてたら意味ないだろ?」 「うん……じゃあシズちゃん、手伝ってくれる?」 「当たり前だろ?俺と臨也は友達なんだからな」 友達。そう、俺とシズちゃんは友達だ。友達だから俺が男を好きだと言っても嫌がるどころか背中を押してくれる。その相手がまさか自分とは思っていないから。もしその相手が自分だと知ったらシズちゃんはどうするのだろうか。 「……ありがとう、シズちゃん」 シズちゃんが応援してくれたところで叶わないけど、それでシズちゃんが満足するなら俺はそれでいいよ。 悲恋っぽくにしてみた。現実はそれほど甘くないのだ…… |