小説 | ナノ
真夜中は純潔




夜になっても消えることのない明かりから逃げるように、ビルの隙間の薄暗い裏路地に入る。そこは空き缶やゴミだけが転がっているだけのような、表とは全く違う世界だった。なんて寂しいところなんだろう。普段は何も思わないが、この時間に来るとそう思った。しばらく入り組んだ道を進むと、そこには見慣れたバーテン服の男がいた。
昼間のように手身近にあるものを投げることもなければ、暴言を浴びせることもない。ただポケットから煙草を一本取り出し火をつける素振りをした。内心慌ててその隣に並ぶ。すぐ横に俺がいるというのにシズちゃんは怒るでもなく、煙草に火をつけて白い煙を空へと吐き出した。

「……」
「……」

毎週金曜日のこの時間、シズちゃんが煙草を吸っている間だけ俺たちは恋人だった。愛を囁かれることもなければ、同じものを身に着けているわけでもない。抱きしめあったり、キスをしたり肌を重ねたり。そんなもの夢のまた夢だ。互いに言葉を交わすこともないこの時間、シズちゃんは何を考えているのだろう。彼にとって今は決して有意義ではないはずだ。それでも俺もシズちゃんもこの時間には必ずこの場所にいた。きっかけは何だったのだろう。忘れてしまった。ただどうしようもなく、自分が浮かれていたことだけは覚えている。
シズちゃんと俺の指先が触れる。意図してしたのかどうかも分からない触れ方。それでも控えめに指を動かすと、振り払われることもなかった。一本の煙草を吸うのに5分もかからない。それでも俺は嬉しかった。わずかに触れた指先から伝わる体温。あたりにたち込めるシズちゃんと同じ匂い。この瞬間だけは、特別なんだと信じたかった。

「……」

楽しい時間ほど早く過ぎてしまう。一体誰が言ったのだろうか。
シズちゃんは短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んだ。もちろん触れていた手は離れた。そしてシズちゃんは何事もないように立ち去って行く。引き止めることもなければ声をかけることもない。ただその後姿を目に焼き付けていた。さっきまでの時間が嘘ではないと、幻ではないと自分に言い聞かせるために。そうして姿が見えなくなると、俺は決まってシズちゃんがいた場所にしゃがみ込む。シズちゃんが去った後にはわずかに煙草の匂いが残るだけ。それだけだ。
たまに不安になる。今こうしてシズちゃんといたのは嘘だったのではないか。自分の都合のいい夢ではないかと。その不安が消えるのに一週間。再びこの場所に来てシズちゃんの姿を確認するまで続く。今まで色々と怪我することはあった。血を流すことも、骨折だって。だがそれらとは全く違うこの痛みは常に俺の身体を蝕んでいた。焼けつくような胸の痛みは終わりがない。今だってそうだ。本当はもっと一緒にいたい。抱き締めたり、キスをしたり。せめて言葉だけでも交わしたかった。だがそれをすると、すべてが終わってしまいそうな気がした。

「……シズちゃん」

普段とは違う、甘えた様な呼び方に自分で笑ってしまった。行かないで、そう言えたならどれだけ楽になるのだろうか。最近はシズちゃんが携帯灰皿を出すと、余計なことを言わないように唇を噛むようになっていた。池袋で会えばいつもと変わらず喧嘩をする。酷い暴言を吐き合って、血を流したり。今までは何も思わなかったことに俺はいちいち心を痛めていた。シズちゃんと触れていた指先を擦り合わせる。何とも言えない感情が溢れてきたような気がした。



今日もシズちゃんはいた。ついさっきまで俺のことを嫌いだ死ねと罵っていたのに、今は何も言わない。何も言わずに当たり前のようにまた煙草に火をつける。それを横目で見ながら俺はいつものように触れようと思ったがやめた。今日はよく冷える。俺の指先は真っ白になってほとんど感覚がなくなっていた。
シズちゃんは寒くないのだろうか。辺りに漂い始めた香りに、なぜか泣きたくなった。バレないようにフードをかぶって鼻をすする。これを後何回続けるのだろうか。何回続ければ、シズちゃんは俺に望むものをくれるのだろうか。それともそう長くは続かないのだろうか。指先を温めようと手を擦り合わせる。それくらいで温まるわけもなく知らず身体は震えていた。
高校のときは先のことなんて考えていなかった。でも無意識に今が続けばいいと願っていたのかもしれない。喧嘩をして、言い合いをして。それだけの関係でよかったのにどうしてその先を知ってしまったのだろう。人間はとても愚かだ。何かを手に入れれば、もっとその上が欲しくなる。

「……っ」

冷たい頬に何かが触れる。それが涙で、自分が泣いていることにとても驚いた。それと同時にシズちゃんに見つからないかとても怖くなった。こんな女々しい自分を知られたら、もう会ってくれなくなるかもしれない。シズちゃんはいつもと同じように携帯灰皿に吸殻を入れた。また、彼は行ってしまう。俺はただそれを見ているだけだった。立ち去る足音に耳を傾けようと深呼吸するが、いつまでたっても足音はしない。不思議に思って横を見ると、シズちゃんはまっすぐ俺の方を見ていた。

「……シズちゃん?どうし……」

急に煙草の匂いが濃くなったと思ったら、俺の視界は真っ暗になっていた。一瞬それが何なのか分からなかったが、唇に何かが触れていることは分かった。少し離れたところにある古びた蛍光灯。それがその何かを映した。すぐそばにはシズちゃんの顔があり、温かい吐息が僅かに濡れた俺の唇に当たる。シズちゃんの目はまっすぐと俺を見ていてた。耳元で聞こえた言葉は、ずっと待ち望んでいたものだった。

















タイトルは曲名なんですが、あまり関係ありません。
臨也のこと好きだけどまた騙されてるんじゃないかと静雄は疑心暗鬼になってただけです。
切ないシズイザ不足が深刻。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -