小説 | ナノ






今でも静雄はあの日のことを覚えていた。ある日突然、父親が男の子を連れて帰ってきた。母親はやけに機嫌が悪かったような気がする。俺と幽は新しい友達ができるとわくわくしていた。それが間違いだった。リビングから聞こえる父と母の言い争う声。何を言っているのか当時は分からなかったが、きっと臨也の今後について話していたのだろう。
緊張したように玄関から家に入ろうとしない臨也に、静雄はひたすら話しかけた。どこから来たのか、今日は泊まっていくのか。臨也はどうしていいのか分からず、ただ地面を見つめていた。あとで気付いたが臨也は静雄よりもずっと大人だった。母の死と同時に父にも裏切られ、突然連れてこられた他人の家で落ち着けるわけがない。なのに静雄は、大して反応のない臨也につい怒鳴ってしまった。臨也はただ泣きそうな顔をしながら「ごめんね」と小さな声で言った。

静雄は臨也のことを考えると、申し訳ない気持ちしかなかった。自分が臨也に構えば構うほど、母親は臨也に辛く当った。それを回避できる方法はいくらでもあったはずだ。だが静雄は見ていることしかできなかった。どんどん臨也の口数は減り、ついには静雄に対して何も返さなくなってしまった。どんな形でもいい。自分の思っていることを言ってほしい。その気持ちが歪みに歪んで、静雄は臨也を犯した。絶対に怒ると、抵抗すると思った。だが臨也は受け入れてしまった。やめなければいけいない。余計に臨也の事を傷つけていると静雄は自覚していた。それでも気絶して自分の腕の中で眠る臨也を見るたびに、心が満たされていくのを感じていた。臨也のことが好きだと気付くのに時間はかからなかった。

「お前に何を言われても俺に言い返す権利なんてない」それだけのことを臨也にしたと静雄は自覚していた。許されるわけもなければ、今さら好きだなんて気持ちを言えるわけもない。

「でも、自分のことそんな風に言うのはやめろ。お前のこと……大事に思っている奴もいるんだ」

幽はもちろんのこと、門田も臨也の事を大事に思っているんだろう。だが静雄は誰よりも自分が臨也の事を想っている自信があった。エゴだと分かっている。責められても言い返す言葉など最初からない。

「……だって俺は、君の家族をめちゃくちゃにしたんだよ?」

静雄の頭に臨也が頬を寄せる。何年かぶりに感じる他人の体温。それにすがるように、臨也は静雄の背中に腕を回した。言い争う父親と母親の姿。それを見なくなったのはいつだったか。父親への苛立ちを臨也にぶつける母親、父親もまた臨也を犠牲にすることで保身を図っていた。だが一番卑怯なのは母親の顔色をうかがっている自分だった。

「……幸せな家族を、壊した。そんな俺が幸せになっちゃ、駄目なんだよ」

臨也の頬には溢れた涙が伝う。嗚咽を漏らし始めた臨也を、静雄は堪らず抱きしめた。自分よりもずっと細くて弱々しい身体。それでも心は自分よりもずっと強いと静雄は思った。今まで自分を犯していた男と同じとは思えないような優しい腕に、臨也の涙は量を増やした。

「誰がそんなこと言ったんだ」
「……」
「誰もお前が幸せになるななんて言ってない」
「でも、」
「確かに今までずっと辛かったよな。嫌だったよな」
「……」
「だから今までの分も幸せになれ」

だからこそ、静雄は一緒に家を出ることを提案した。一緒に出ることで幸せになるとは思っていない。だがこの家から出るだけでも臨也にとっては、大きな一歩であることに変わりはなかった。そのために利用すればいい。自分にそんな価値があるかはわからない。それでも臨也が心から笑顔を浮かべてくれるのならいい。それが自分に向けられていなくても、仕方がない。そう、静雄は考えていた。しかし臨也の気持ちは静雄の考えとは違っていた。

「……誰が、幸せにしてくれるの?」
「それは……」
「俺のこと、幸せにしてくれないの?」
「……俺でいいのか?だってあんな酷いこと……」
「確かに嫌だったよ……」

静雄は臨也の体温を感じながら、これまでのことを思い出していた。決して良いとは言い難い思い出ばかりで、歪んだ存在意義ではあったが静雄は臨也に居場所を与えていたのだろうか。そんなおかしな考えを肯定するかのように臨也が呟く。

「でも、俺のことみてくれたの……君だけなんだ」

どうしてこんな関係になってしまったのだろうか。何度目になったか最早分からない自問自答をする。あの時こうしていれば、もっと優しくしたかったのに。後悔したところで自分がした臨也への行動がすべて許されることはないと静雄自身よく理解していた。その罪滅ぼしができるのなら、何でもすると静雄は心に決めていた。たとえそれが両親を悲しませる結果になったとしても、臨也が泣くよりはいい。静かに涙を流す臨也を抱きしめながら、静雄はある決意をしていた。







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