小説 | ナノ
こんなに近くにいるのに


恋人未満な月六。


「はい、あーん」
「あーん!」

今目の前で繰り広げられている光景に、月島は自分でも気付かないうちに奥歯を噛み締めていた。ケーキをいっぱい買ったから家においでとサイケに誘われてきてみれば、六臂は久しぶりに会ったサイケに夢中だ。六臂曰く、サイケは子どものようで可愛いらしい。もちろんサイケは六臂とそう変りない年齢であり、容姿をしている。それが月島にはつまらなくて仕方がなかった。

六臂はよく分からない人だと月島は思う。気まぐれで本当に猫のようで、正直つかみどころがない。突然甘えるように近寄ってきたと思えば、今のように他人にも擦り寄る。月島がそれに苛立ったことがないと言えば嘘になる。だが月島は六臂と恋人でも何でもない。ただの同居人だ。あまり自分のことを気にしようとしない六臂に、甲斐甲斐しく世話を焼いているのが今の月島の現状だ。だから、自分が苛立つのはただの八つ当たりじゃないかと、月島自身も気付いていた。

「……ちょっと散歩に行ってきます」

ついに耐えられなくなり、月島は拗ねたように津軽とサイケの家を後にした。むくれた月島の後姿を見て、津軽はあきれた様なため息をつく。もちろんそれに月島は気づいておらず、六臂の視線が自分に向けられていたことなど、知る由もなかった。




「……どこだろ、ここ」

あの家を出てしばらくして、見たこともない場所に出た。

「おかしいな……さっきの道曲がったら、公園に出るはずなのに」

目の前には公園どころかなぜか池が広がっている。今までも何度かあたりを散策したが、池など見たことがない。普段から月島は行きたい場所へ簡単にはたどり着けない。わざとではなく、本気だった。

「携帯……あ、充電してたんだっけ」

とにかく自分の場所を誰かに知らせようとポケットを探るが、中からはお菓子のゴミくずが出てくるだけに終わった。

「ま、いっか」

月島は最初から迷子になったつもりなどない。先ほど携帯を探したのも、池の写真を記念に撮影したかっただけだった。そのまま気にする様子もなく、池の外周に沿って歩きはじめる。まだ昼間だけあって水の近くでも暖かい。しばらく歩いているとベンチがあった。濡れていないことを確認すると、月島は腰掛けた。何て静かな場所なんだろうか。月島は何となく、整理がてらいつも肩からかけている鞄の中を広げてみた。そこにはポケットと同じくゴミや何故かテレビのリモコンが入っていた。それに首を傾げながらさらに奥を探すと、くしゃくしゃになった手紙を見つけた。

「……これ」

歪んだ字で『六臂さまへ』と表に書かれたそれは、忘れもしない、自分が書いたラブレターだった。日々募る六臂への思いが抑えきれず、衝動的に書いたものだった。中を広げてみると耳まで真っ赤になるような恥ずかしいことが書かれていた。冷静になった今、心底渡さなくて良かったと月島は思った。だが書かれていることに一つとして嘘はない。

「……たぶん、一生言わないだろうなぁ」

月島は今の現状で満足している節があった。毎日同じ屋根の下で過ごすことができ、毎朝六臂を起こすこともできる。それは同性でしかできないことであり、同性でも月島だけが許されていることだった。現時点では。

「告白、したら……もう無理かな」

告白などしたらそれこそ一緒にいられなくなる。もしかすると、そんな目で見ていたのかと罵倒されるかもしれない。優しい六臂に限ってそんなことはないと言いたいが、自分と同じ性別の男に好かれていると知ったらどうなるのか。想像したくもなかった。月島は自分の書いた手紙を半分に折ると、せっせとこの前サイケに教えてもらったものを作る。すぐに出来上がったのは紙飛行機だった。

「このまま、この気持ちも飛んでいけばいいのに」

この前見たドラマでも同じような台詞を言っていたな、と他人事のように思った。それを半分以上本気で願いながら、勢いよくそれを飛ばす。不安定ながらも落ちることのなかったそれは、左側へと傾きながら地面へと落下した。それを見ながら月島は苦笑する。自分の恋心もあのようになるのがおちだろうと。拾い上げようと立ちあがると、自分よりも先に思いもよらに人物がそれを拾った。

「六臂さん……?」

そこには、サイケの家にいるはずの六臂がいた。少し肌寒いのか自分の肩を手で摩っていた。

「どこに行ったかと思えば、こんなところで何遊んでるの」

苦笑したように紙飛行機を眺める。すぐに何か書かれていることに気付いた六臂は、それを広げようとした。

「だ、駄目です!」

反射的に月島は六臂から勢いよく紙飛行機を奪い取っていた。六臂の目が見開く。その反動で紙飛行機はぐしゃりと潰れてしまった。

「これは、その、何でもないんで気にしないでください」
「……」

乱暴にポケットにそれを突っ込むと、月島はマフラーに顔を埋めた。それが隠し事をしている時の癖だとは、本人も気付いていない。その動作を見て六臂は唇を噛んだ。だが今にも泣きだしそうな月島に、六臂は何も言わなかった。何も言わずにただ、早く帰ろうとだけ口にした。叩かれて少し赤くなった手を、月島に気付かれないよう摩りながら。



















月島くんは一生ヘタレ。六臂は3歩下がって尽くすタイプかと。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -