小説 | ナノ
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目が覚めるとそこは小奇麗な天井ではなく、染みだらけの黄ばんだ天井だった。薄くほこりがかぶっている電気の傘。あまり柔らかくない布団に顔を埋めると、俺とは違うタバコの匂いがした。

「気持ち悪いことすんなよ」

上から聞こえたドスの利いた声に顔を上げると、静雄が仁王立ちで立っていた。いつものバーテン服ではなく、ジャージ姿で片手には牛乳パック。それをラッパ飲みすると、起きようとしない俺に蹴りを入れてきた。

「いてて」
「全然痛くねぇくせに嘘つくなよ。それよりそこで寝るのやめろ、匂いつくだろうが」
「わー」

襟首を掴まれるとそのまま居間の方へ引きずり出される。床との摩擦で赤くなった肌を摩る俺を無視して、静雄は布団に消臭スプレーを吹きかけ始めた。

「手前、いつまでいるんだ」
「……なんか、出て行けって言ってるみたいに聞こえるんだけど」
「分かってるじゃねぇか」
「ひでー」

非難の声を上げても静雄に気にした様子はない。空になった牛乳パックを水で洗い律義に折りたたんで捨てている。しばらくするとジャージの上を羽織って、つけていたテレビも消した。普段のバーテン服でなければ本当にちょっといかつい普通の人間に見えるな、と思った。

「どこ行くんだ」
「どこでもいいだろ」

そう言って静雄は財布と携帯をポケットに詰め込んで行ってしまった。静かになった部屋は退屈だ。正直静雄の家には何もない。どこかにエロ本はないかと初日に捜したが、臨也の写真が出てくるだけで何もなかった。特にすることもないが、かといって他に行く当てもない。この顔で出歩くと勘違いされるからと、静雄は俺がちょろちょろするのを良く思っていない。俺だって見ず知らずの人間に鉄パイプで殴られるのはごめんだ。
……日々也はどうしているだろうか。憂鬱な気分になるから考えないようにしているつもりだが、こうも静かだと嫌でも考えてしまう。サイケから特に連絡はない。あの家を出て行ってから、日々也の話題は何も聞いていない。静雄の家に来た時、事情を少なからず知っていると思ったが何も聞いては来なかった。
消臭スプレーがかけられたばかりで、妙な香りのする布団にくるまる。寝ているのが一番楽だ。何も考えなくて済む。

「ん……」

もぞもぞと寝返りを打っていると、玄関のドアが開いた。あの格好で出かけたんだ。近所のコンビニにでも買い物に行っていたんだろう。また小言を言われると布団を頭まで被った。とんとんと一定の歩幅で歩く足音は、おそらく居間のところで止まった。妙な視線を感じる。きっとそこから俺の方を見ているんだろう。

「分かってるって静雄ー。満足したら出ていくって」

何も言われない居心地の悪さから、思わずしゃべってしまった。俺はもとより黙るのが苦手だ。

「お前にはわかんねぇだろうよ。臨也とらぶらぶいちゃいちゃできんだからよぉ」

嫌いだ死ねと言いつつも、臨也が静雄のことを好きなのは誰が見てもわかる。津軽やサイケ、みんなで集まって騒いでいる時も、臨也は静雄を見ていた。その目はとても穏やかで、その視線に気づいた静雄も小さく笑っていた。

「俺だって、日々也とらぶらぶいちゃいちゃしてぇっての。普通に手ぇ繋いだり、ほっぺたにキスしたり。一日中抱き締めたりよぉ……」

どれ一つ、叶うことはなかった。できないわけじゃない。自分なら冗談交じりにできただろう。勢いで抱き着いて、事故に見せかけてキスして。偶然を装って手を繋いで。でも、本当に好きな相手には冗談でもできなかった。思っていた以上に俺は根性がないらしい。

「なんでこうなっちまったのかな……」

勇気を出すところが間違っていると自分でも理解している。どうして手を繋いだり、好きだと告げる前にあんなことを。どうして、と聞かれれば怖かったと答えるのかもしれない。告白して、拒絶されたら。いくら周りに同性で付き合っている奴がいるとはいえ、日々也も大丈夫という保証はどこにもない。

「……って、いくらなんでもだんまりはねぇだろ。あ!もしかして漫画でも読んで俺の話なんて聞いて、ないん……じゃ……」

ガバリと布団を取り払う。もしかして途中で聞くのが面倒になって姿すらないような気もした。だが、それはなかったようだ。予想通り、居間に立って俺をじっと見つめる視線があった。

「……日々也」

そこには、目を真っ赤にして泣いている日々也がいた。





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