小説 | ナノ
きのうはごめんね





リビングにある時計が3時に近付くにつれて、子どもたちはそわそわと俺の方を見てくる。毎日用意されるおやつは出されるまで何か分からない。それが待ち遠しくて仕方がないのだ。そんな可愛い様子を眺めながらそろそろ用意をしようかと立ち上がると、ゲームをしていたサイケとデリックがキャッキャとおやつの当て合いっこを始めていた。


しばらくキッチンに立っているとまるでサイレンのような泣き声に、持っていたクッキーの箱を落としてしまった。慌ててリビングに行くと、そこには頬っぺたを真っ赤にして泣き喚くサイケと心配そうなデリック。

「ど、どうしたのサイケ」

大声で泣いてばかりいるサイケを抱っこして背中を摩る。抱っこしたせいで顔が近くなって耳が痛いが、そこは我慢だ。

「つがる兄がやった」
「え?」
「俺とサイケ兄でゲームしてたら、つがる兄が急にサイケ兄のほっぺ叩いたんだよ」

デリックはそう言ってこの前買ったテレビゲーム機を指差した。テトリスをしていたらしく、サイケがいつも使っているコントローラーの方は負けていた。確かにサイケが泣いていたら、俺やシズちゃんよりも先に駆け寄って来る津軽の姿が見当たらない。サイケが泣いている声で起きてきた日々也をデリックに見てもらう。月島と六臂はまだ寝ているらしい。さすがとしか言いようがない。

「で、津軽は?」
「出てった」
「は?」
「走って玄関から出てった」

まさか、ここはマンションの最上階で滅多なことがなければ一人で出かけさせたりしない。ある程度大きくなった六臂と月島は二人で遊びに行ったりしている。いくらしっかりしているとはいえ、津軽を一人で外に出すのは不安で仕方がなかった。思わずポケットに入れていた携帯を取り出す。仕事中だとは分かっていたがシズちゃんに電話しようとすると、がちゃりと玄関の戸が開いた。

「ただいま」
「は、早っ!ちょうどよかった、津軽が……」
「あぁ、知ってる」
「え……?」

何で?と聞くよりも先に、シズちゃんの背後には俯いた津軽がいた。泣いているのか鼻をずずっとすすっている。何があったのか聞こうとしたら、ものすごい勢いで俺の仕事部屋に走って行ってしまった。

「あ、こら!」
「っと、俺が話すから放っておいてやれって」
「……でも」
「心配なのはわかってるから、な?」
「……うん」

シズちゃんは他の子どもたちにただいま、と言うとさっさと仕事部屋へと行ってしまった。

「……つがる」

ぼそりと、抱っこしていた俺だけにサイケの悲しそうな声が聞こえた。


結局、津軽は夕飯の時間になっても部屋から出てくることはなかった。シズちゃんが二人分のご飯を持って部屋に行く。津軽がいるのは俺が仕事でこもる時に使っている部屋だ。パソコンのあるデスクがメインだけど、仮眠をとるためのベッドもある。

「……つがる、サイケのこときらいになったのかな?」

食べ終わった後、食器を洗っているとサイケに服を引っ張られた。すでに日々也とお風呂に入ってきたサイケは、毎晩一緒に寝ているウサギのぬいぐるみ片手に立ち尽くしている。おそらく今晩は津軽と一緒に寝れないだろう。風邪をひいたとき以外はいつも一緒だったから、サイケは辛くて仕方がないと思う。

「サイケにぃ、泣かないで?ひびやのキリンさん、かしてあげる」

お風呂であったまったせいで眠そうな日々也は、いつも一緒に寝ているキリンのぬいぐるみをサイケに差し出した。サイケはまたぐすぐすと泣き始めてしまう。すぐ泣くところはシズちゃんそっくりだ。

「うぅ〜ひびやくん、ぐすっ」
「つきにぃと、ろっぴにぃに絵本読んでもらお?」
「うぅーっ」
「ほら、もう遅いから日々也とお部屋行っておいで?」
「うん……ママ、あとできてくれる?」
「分かった、すぐ行くからね」

もう半分寝てしまっている日々也の手を引いて、サイケは子ども部屋の方へ入っていった。急いで洗い物を済ませて子ども部屋に向かう。子ども部屋は数個用意してあるけど、今はみんな同じ部屋で寝ている。大きなキングサイズのベッド。そこにみんな川の字みたいに並んで寝ていた。
もちろん中には寝相の悪い子もいる。すでに熟睡しているデリックは足元にまで移動していた。六臂と月島は二人で絵本を読んでいたらしいが、ページを開いたまま眠ってしまっている。そんな二人に布団をかぶせてあげながら、サイケの隣に寝転んだ。

「……つがる、きょうひとりでねるの?」
「ううん。パパが一緒に寝てくれるよ」
「……よかった、ひとりでねるの、さみしいもんね」

サイケは俺に似ずに、本当に素直でいい子だと思う。きっとシズちゃんに似たのかな。日々也に借りたクマのぬいぐるみと自分のウサギのぬいぐるみに囲まれながら、サイケは俺にも抱っこしてくれとねだってきた。その小さな背中を優しくたたいてやりながら、額にキスをする。

「あしたになったら、またなかよしできるよね?」
「……うん。またみんなで一緒に公園行こうね」

赤くなった鼻にもキスをしてあげると、やっとサイケは笑った。それからみんなの寝顔を眺めて、部屋を後にした。昼間の喧騒が嘘のように静かになったリビング。コーヒーを淹れてソファで一服していると、ちょうどシズちゃんもやってきた。

「よぉ」
「お疲れさま、何か飲む?」
「あぁ、頼む。サイケはまだ泣いてたか?」
「だいぶ落ち着いたよ。俺以上に他の子が頼もしいからね」

冷蔵庫からオレンジジュースを出してグラスに注ぐと、シズちゃんは礼を言って飲み始めた。子どもができてから俺とシズちゃんが二人きりになる時間は限られている。今こそやっと夜泣きがなくなったが、少し前まではゆっくりとした時間はなかった。だからこういう時間は俺たちにとって貴重だ。さり気なくシズちゃんに体を寄せると、すぐに肩を抱かれる。

「津軽もさっき寝た」
「……何か言ってた?」

肩に頭をもたれ掛らせながら、お互いの指を絡める。特に意味もない行為だけど、どこかくすぐったい気持ちになった。シズちゃんは俺の髪に何度も口づけているようだった。

「どうしよう、だってよ」
「どうしよう?」
「サイケに絶対嫌われたって、ぼろぼろ泣きながら飯食っててよ……あいつはあいつで難しいな」

シズちゃんは普段馬鹿だけど、子どものことになると本当に真剣に考えてくれている。どちらかというと兄弟同士で喧嘩なんて今まで本当に数えるほどしかない。こんなときどうすればいいのか。情報屋をやっているくせに、その解決法は知らなかった。

「そんな心配そうな顔すんなって」
「だ、だって」
「俺と臨也の子だぞ?喧嘩しない方が変だろ?」
「……うん」
「今日はわりいけど津軽と寝てくる。だから」

頬に手を添えられて、唇に口づけられる。最初は触れるだけだったけど、今日一緒に寝れない分と言わんばかりに何度も深いものをした。

「ん……」
「一人で寝れるか?」
「……一ばか」

本当は少し寂しいなんて、意地でも言ってやるつもりはない。シズちゃんが仕事部屋に入っていくのをしっかり見送ってから、俺は子どもたちと一緒に寝た。


翌日、いつものように仕事に行くシズちゃんをみんなで見送る。でもそこに津軽の姿はなかった。呼びに行こうかと思ったが、シズちゃんがそれを止めた。もう部屋で行ってらっしゃいを言われたからいい。そう言って、出かけてしまった。誰よりも落ち込んでいたのはサイケだ。きっとあの子なりに考えて、津軽と仲直りする気でいたんだろう。朝起きてから何度も仕事部屋のドアの前をうろうろとする姿を見かけた。
また泣きそうになるのを必死に我慢するように、サイケはデリックに遊ぼうと声をかけていた。しばらくすると津軽が部屋から出てきた。誰に話しかけるでもなく、洗面所で顔を洗っているみたいだ。
津軽の姿を見つけた六臂は絵本を読んであげるからと、日々也を抱っこして子ども部屋に行ってしまった。月島も同じようにデリックを連れて行く。本当にできた子どもたちだと感心する。突然一人にされたサイケは目をパチパチとさせながら、しゅんとしていた。誰もいなくなったのを確認すると、津軽はサイケに近寄った。その様子を、陰からこっそりと見守ることにした。

「つ、つがる……」
「……」

昨日のことを思いだしたのか、サイケはまた涙ぐみ始める。津軽は困ったように俯くと、サイケのほっぺたをすりすりと撫で始めた。

「んぅ」
「頬っぺた、痛くないか?」
「……う、うん」

サイケも津軽にされるがままだ。津軽はひとしきり頬を撫でると、サイケの顔をまっすぐ見ながら謝った。

「昨日はごめんな。いきなり叩いたりして……」
「サイケもごめんなさい」

「何でサイケがあやまるんだ」
「だって、サイケがわるいことしたから……つがる、おこったんでしょ?」
「……」

津軽は一瞬むっとして、それからすぐにサイケをぎゅっと抱きしめた。同じような身長ではあるけど、僅かに津軽の方が大きい。サイケはびっくりしながらも、同じように抱きしめ返していた。

「……サイケはデリックといるといつも楽しそうにするんだ。俺といるときはあんな顔しないのに」
「そ、そんなことないよ?」
「俺には、そう見えるんだよ」

まるで大人のようなセリフを津軽は吐いている。あの子はそれが何なのか分かっているのだろうか。以前シズちゃんにも同じことを言われたことがある。確か相手はドタチンだったはずだ。思わぬところで共通点を見つけてしまった。

「つがる、サイケのこときらいになってないの?」
「そんなわけないだろ!俺が一番好きなのは、サイケなんだから」
「サイケも!サイケもつがるがいちばんすき!」

キャッキャッと騒ぐサイケを見て、ひとまず安心した。シズちゃんの言うとおりだ、俺達だって昔はこれでもかと喧嘩をした。1日では治らないような怪我をした。それでも、俺がシズちゃんを嫌いになることはなかった。

「つがる、なかなおりのちゅーしよ?」
「え?」
「だってね、パパとママもけんかしたらなかなおりのちゅーしてるよ。ほっぺじゃなくておくちに」
「……そうなんだ」

キョトンとした表情で津軽は首を傾げる。一体いつ見られたのかと、内心顔が熱くなった。シズちゃんは子どもの前だろうとキスをしてきたり、抱き締めたりしてくる。やはり徹底的に辞めさせるべきか。
津軽がサイケの唇にちゅ、とキスをするとサイケはふにゃりと笑った。

「えへへ、つがるだーいすき!」
「俺もサイケ大好きだよ」

二人は手をつないで、みんなの待つ子ども部屋へと走って行った。仲直りしてくれてよかったと思う半面、少し心配になってしまった。あの二人の好きはどう見ても家族のそれではなくて、俺とシズちゃんと同じなんだろう。

「……まぁ、今は子どもだから……大丈夫だよね」

今日のおやつは豪華なのにしてあげよう。そう張り切りながらエプロンをつける、その時の俺は知らなかった。津軽とサイケにとって、血の繋がりなんて何の障害でもないことを。









えむさんとの合同企画「宝石箱」提出物!

シズちゃんもちゃんと父親っぽいことします。休日は子ども連れて公園行くし、買い物だって行きます。
パパとママはいつまでもラブラブです。たぶん一番ラブラブ。
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