小説 | ナノ
味付けは砂糖を多めで




古くて回しにくい鍵を壊さないよう気を付け、四苦八苦し鍵を開ける。ポストに無造作に突っ込まれているチラシもついでに取っておく。薄暗い玄関で何とか靴を脱いで、部屋の電気をつけた。帰りに寄ったファーストフード店の袋をテーブルに置く。ジュースの水滴のせいで紙袋は湿っていた。
今、冷蔵庫の中には何もない。何か買い足さなければと思いつつも、どうも危機感というものが俺には足りていないようだ。とりあえず牛乳は少しだが残っていたはずだ。そう思って小さな冷蔵庫の扉を開けた。

「……あ?」

開けた瞬間、思わず間抜けな声が出た。空に近かったはずの冷蔵庫に、食料が入っている。それも野菜や魚や肉といった、俺が普段買わない物ばかり。水滴がシンクを叩く音に顔を上げれば、溜まっていた洗い物もなくなっている。もちろん食器は乾燥機の中だ。

「幽……か?」

唯一この部屋に自由に出入りできる弟のことを思い出す。だが弟は今、撮影で海外にいるはずだ。外国のお菓子を手土産に持ってくるからと、数日前連絡が入ったばかりだった。
不思議に思いながらも部屋着に着替えようとベストを脱ぎ、ソファに置こうとしたときだ。今度はソファの上に、洗濯機に入れたままのはずの洗濯物があった。もちろん洗ってある。シャツは丁寧にアイロンまでかけられていた。この家にはアイロンなんてなかったはずだ。よく見るとソファにいつも置いていた部屋着が見当たらない。どこかに直されたのだろうか。電気を着けていないせいで薄暗い寝室を覗くと、敷いたままの布団があるだけで服は見当たらない。洗濯機の方も見てみたがなかった。別になくて困るわけではないが、やはり落ち着かない。一体誰がこんなことをしたのだろうか。まさか疲れすぎて無意識のうちに自分が。
とりあえず家でくらいこのバーテン服以外のものを着ようとし入れを開ける。そこをタンス代わりにしているからだ。が、そこには思いもよらない光景があった。

「や……やぁシズちゃん」
「……何してんだ、手前」

押し入れの中には、何故か臨也がいた。それもいつもの馬鹿の一つ覚えの様な黒ずくめの服装ではなく、パーカーに短パンといったラフな格好をしていた。そして臨也の傍には、探していた俺の部屋着。

「……俺の言いたいこと、分かるだろ」
「まぁ、だいたいは」

睨み付けてもなかなか出てこようとはしない。それどころか居座るように膝を抱え始めた。

「だって……シズちゃん、言った」
「……何を」
「家事とか、できる人がいいって」
「……」
「俺は不器用であんまり家事できないから、家のことしてくれる人がいいって」
「……お前どこで聞いてたんだよ」
「シズちゃんのシャツの襟の裏に着けてる、盗聴器から」
「……」

当然のことのように言ってのけた臨也に目眩がした。言われた通り調べると、襟の裏に盗聴機のようなものがあった。いつの間にこんなもの着けたんだ。

「俺あんまり家事とかしないけど、頑張ればできるんだよ……?」
「……だからなんだ」

咎めるように言ったせいで、声色は低いものになった。勝手に家に入られたことや、荒らされたわけではないが色々と物色されたこと。服に取り付けられていた盗聴器。それは俺が苛つくには十分過ぎるものだった。しかし臨也は一瞬目を見開いて、みるみる眼球を潤ませてきた。驚いた。俺はてっきりまた訳の分からない持論でも言うとばかり思っていた。

「……意味なんて、特にないよ。ただ君と違って家事ができるって、自慢したかっただけ」
押し入れから出ると、臨也は目に溜まった涙を袖で拭っていた。よく見れば手にはフリルのついたエプロン。あれを着けて家事をしていたのだろうか。

「手前はなんで、こんなことしようと思ったんだ?」
「……」

臨也はパーカーの袖を握り締めながらずず、と鼻をすすった。真っ赤になった鼻を隠すように顔を反らされる。

「シズちゃんに好かれたいからに決まってるじゃんか」
「……んなことしなくても、好かれてるだろ」
「……」

臨也は泣くのをやめて、今度は目を見開いて俺を凝視してきた。その反応を見て自分が言ったことの意味を理解した。それと同時に臨也がまた押し入れに逃げ込もうとする。咄嗟に両手を伸ばしたのはいいが、結果として後ろから抱き締める形になった。暴れるわけでもなく、大人しい臨也に調子が狂う。

「ま、まぁ……その、なんだ。盗聴器とかつけなくてもよ、俺が喋ること横で聞いてたら……い、いいだろ……」

俺より背が低く、ちょうど見える項は驚くほど白い。それに近い耳はこれでもかと真っ赤に染まっていた。

「お、俺シズちゃんの好きなもの作れるように、いっぱい練習するから」

だから今は不味くても我慢してね。そう言いながら振り返った臨也の顔は耳と同じく真っ赤で、俺も釣られて赤面してしまった。とりあえず買ってきたファーストフードは隠して、さっそく何か作ってもらおうと思う。


















臨也は現時点でフレンチトーストしか作れません。今から旦那の為にがんばるのさ!
アンケートの「乙女臨也」と「甘々シズイザ」を合わせたんですが……どうでしょうか。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -