小説 | ナノ
嘘つきイザイザと壊れたシズちゃん4



今日はなんだか朝から気分が優れなかった。昨日は本当に疲れていて、シズちゃんとどんな会話をしたのかも全く覚えていない。ただ服は部屋着に替わっていて、身体からはシャンプーの香りがした。どうやら風呂に入ってそのまま眠ってしまったらしい。目は覚めたがベッドから起き上がる気にはならない。柔らかい枕に頬擦りしながら、もう一度眠ろうとしたときだった。

「……臨也」
「……」

名前を呼ばれて微睡みから引き戻される。いつの間にか起きたらしいシズちゃんは、もぞもぞと動いていた。ダブルベッドのおかげでひっついて寝なくても済む。だから俺はいつもできる限りシズちゃんから離れて寝ていた。その距離をつめるようにシズちゃんは俺に近づいているようだった。背後に感じる人の気配は落ち着かない。それがシズちゃんともなれば余計だ。

「まだ寝てる、よな……?」

独り言のように呟きながら、シズちゃんは俺の背中に頭を擦り付けていた。

「今日は、仕事ねぇのかな……」

独り言をたくさん吐き出しながら、シズちゃんは布団の中でもぞもぞと動き回る。はっきり言って鬱陶しかった。

「……腹減ったな」

ぎゅるる、と音を立てながらシズちゃんは俺の服を引っ張る。もちろん無視した。

「臨也ぁ……」

まるで母親に甘える子どもみたいな声だ。
そういえば今まで考えたこともなかったが、シズちゃんの両親はどうしているのだろうか。一度だけ、シズちゃんに家族のことを聞いたことがある。俺との間に子どもは何人いるかと、訳の分からないことを喚いているときだった。シズちゃんはそれまで噛みつきそうな勢いで喋っていたのに、いきなり口の動きを止めてしまった。しんと静まり返った室内が不気味に感じたのを覚えている。静かなのが苦手なくせに、シズちゃんは一向に喋ろうとはしなかった。そしてやっと開いた口から、シズちゃんは家族は健在で弟もいることを教えてくれた。でもそれ以上は何も言わなかった。
家族は男相手に執着していることを知っているのかだとか、色々と抉ってやりたかった。シズちゃんの泣きそうな顔なんて何度も見たし、実際に泣いてるのも見たことがある。でもその時とは全く違って、シズちゃんは怖がっているようだった。口にこそ出さなかったが、これ以上家族の話はするなと目が俺を睨み付けていた。
寝返りをうったフリをしてシズちゃんの方を向く。ゆっくりとした動作で抱き締められた。たぶん俺が寝ている間に何かしたら、一週間口を聞かないという規則を覚えてはいるみたいだ。

「勝手にキスしたら、嫌われるよな……」

うん怒るよ。あと嫌われるんじゃなくて、元から嫌われてるから。

「……まぁ、嫌われてるのは元からか」

自嘲するようにシズちゃんは鼻で笑った。こんなシズちゃん知らない。子どものように騒いで喚いて、俺のことを好きだと叫ぶシズちゃんしか俺は知らなかった。頭に手のひらが置かれる。寝起きなせいもあってそれはとても温かい。

「臨也……」

その頭を撫でる手付きがあまりにも優しすぎて、俺は無性に泣きたくなった。そして同時に懐かしさも感じた。誰がそんなことをしてくれたのか。思い出そうとしても、頭痛がするだけで終わった。

「……おはよ」
「お、おぉ。起きたのか」

すぐに手のひらは離れていく。それを寂しく思いながら今起きましたとでも言わんばかりに背伸びをした。

「仕事は?もう11時だぞ?」
「ん……今日はもういいや。眠いから休む」
「……いいのかよ」
「いつもは暴れてでも行かせないくせに。もういいよ、今日は休む」

シズちゃんの腕の中にもぐりこむと、身体が強張ったのを感じた。抱きしめるくらいいつものことなのに。俺はきっと熱でもあるんだ。じゃなきゃシズちゃんなんかに俺からキスするわけがない。

「……なぁ、俺腹減った」
「知らない。おやすみ」

シズちゃんの身体からは俺と同じ匂いがした。何だかむず痒い。

「ねぇ、シズちゃん」
「あ?」
「頭……撫でてよ」

顔を上げてシズちゃんの目を見る。ビクリとシズちゃんの身体は震えた。

「どうしたの……?」
「いや、何でもねぇ。本当どうしたんだよ急に」
「……別に」

頭を撫でてくれる手はさっきと違って震えていた。
どうしてか分からないけど、シズちゃんはまた泣いていた。俺にバレないように静かに。でも肩の部分が湿ってきているからバレバレだ。仕方がないなぁと内心溜め息をつきながら、背中を撫でてあげた。俺を抱き締める腕に力が強くなる。シズちゃんのことは好きじゃないけど、嫌いでもないよ。たぶん。
この前シズちゃんによって粉々に割れてしまった皿は、当然だが使い物にならなかった。当たり前のことだが、改めて俺は現実を突き付けられたような気がした。壊れた物はもう二度と元には戻らない。それは物だろうと、人だろうと。壊れたシズちゃんはもう、ずっと壊れたままなんだ。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -