六臂さんはすごく不思議な人だと思う。いつもぼんやりしていて、あまり周りに興味がないみたいだ。でも俺が帰ってくると袖を掴みながら「おかえり」と一言言ってくれる。恥ずかしいのか顔は下を向いて見せてくれない。でもその言葉がたまらなく嬉しい。その「おかえり」が聞きたくて、俺は毎日のように外に出た。何故か家に帰ると日付がだいぶ進んでいるけど。 今日も久しぶりに家に帰ってきた。出掛けた理由は何だったろう。忘れてしまった。家と言っても臨也さんの家だ。いつも玄関で入り方で迷うのだけど、今日は番号を間違えなかった。エレベーターに乗って、きちんと一番上の階のボタンを押した。六臂さんは起きてるだろうか。昼間だから家にいるのは間違いないと思う。あの人はあまり明るいところが得意じゃないから、この時間に外に出ることはまずない。臨也さんはもしかすると静雄さんのところかも。 部屋に入るとちょうど正面のソファに六臂さんはいた。珍しく、テレビがついている。六臂さんがテレビを見ている光景は初めて見た。俺もあまり見ないから分からないけど、たぶんニュースか何かだ。 「ただいま、です」 相変わらず言うのが照れ臭いのだけど、早く「おかえり」と言って欲しかった。なのにどうしたんだろう。六臂さん、何にも言ってくれない。どこか具合でも悪いのだろうか。不安になって正面に回り込むと、六臂さんの目には涙が溜まっていた。泣いているところなんて初めて見たから、どうしていいのか分からない。 「あ、あの……」 「……もう、帰って来ないと思った」 やっと出たような声は震えていた。膝を抱えてしまった六臂さんの隣に座る。手を握るととても冷たくてびっくりした。 「……さ、探しに行きたかったけど、外怖くて……でも、もしかしたら事故とかに、あったんじゃないかって……毎日、テレビ見て」 前に言っていた、テレビは嫌いだから見ないという言葉。知りたくないことも知ってしまうのが嫌で、絶対に見ないって言っていたのに。それを思い出して慌ててテレビの電源を切った。静かになった室内には俺の心臓の音だけが響いている気がする。 「……何にもなくて、良かった」 一人言みたいな、小さな声。何故か胸が締め付けられるような気持ちになった。堪らずぎゅっと抱き締めると、六臂さんは背中に手を回してくれた。こんなにも心配してくれていたなんて知らなかった。じゃあいつも「ただいま」と言いながら下を向いていたのは、照れ隠しじゃなくて心配していたからなのか。 「ごめんなさい、ごめんなさい六臂さん。俺嬉しかったんです。六臂さんにおかえりって言われるの」 他のみんなも言ってくれるけど、六臂さんのは特別なんだ。どうして特別なのか自分でもよく分からない。 「……おかえりばっかりは、嫌。いってらっしゃいも、言いたい」 「ご、ごめんなさい」 そういえば、いってきますを言ったことは一度もない。いつも思い立つと、周りが見えなくなっていた。六臂さんはきっと帰りを待ってくれているだろうと俺は思ってた。でも、待つ人の気持ちを考えたことはない。 「でも、あんまり出掛けないで……一人でいるの、寂しい」 自分の気持ちばかりで六臂さんのこと、全然気付けてなかった。申し訳なくて謝ろうとしたら唇に指を押し当てられる。目を丸くしていると首を左右に振られる。 「僕は……月島といるのが、一番落ち着く、から……」 ほんのり赤くなった頬が可愛くて、思わず頬っぺたをくっつけた。ひんやりした温度が気持ちよくて頬擦りしたら、くすぐったそうな声が耳元から聞こえてきた。 「俺も六臂さんの傍が一番落ち着くし、楽しいです」 「……」 六臂さんはコクコクと頷くと、目を瞑ってほしいと言った。言われるがままに瞼を閉じる。するとマフラーをずらされて何やら首元を指が這っていた。途中聞こえた鈴の音。同時に、首には少し圧迫を感じた。 「……はい、鏡」 「え?」 目を開けるとすぐに手鏡を渡される。首元を映すと、そこには赤い色をした首輪が着けられていた。金色をした小さな鈴が身体を揺らすたびに音を鳴らした。 「ろ、六臂さん?」 「……赤は僕の色。これで迷子になっても大丈夫……飼い主がいるって、すぐ分かる」 ちゅっと音を立てて六臂さんは鈴に口付けた。肌に触れた髪にドキドキしていたら、さっきみたいにまた抱き締められる。今度は肩に頭をもたれさせて、満足そうに笑っている。 「……ふふ、僕の月島……」 チリリン。六臂さんの細い指が鈴を弾いた。何か言わなきゃいけないのだけど、近すぎる距離に俺はただただ顔を赤くした。 この二人でエロは大丈夫なのかと自問自答したが、月島がヘタレなので可能性が低い。 |