小説 | ナノ
嘘つきイザイザと壊れたシズちゃん2




鼻につく、気分が悪くなるような焦げた臭い。目の前に広がるのは地獄絵図。
テーブルの上にはぐちゃぐちゃになった卵。まな板に向かって、何故か垂直に突き刺さっている包丁。野菜たちのバラバラ死体。
その中心にいるのは、鼻歌交じりに何かを練成しているシズちゃん。どこから引っ張り出してきたのか、悪趣味なフリルのついたエプロンを身に着けていた。
そんなシズちゃんの前には、ロープで椅子に縛り付けられている俺。ご丁寧に足まで縛られている。

俺の朝はいつも慌ただしい。同じベッドで寝ている低血圧のシズちゃんのご機嫌を損ねないように起こして、顔中べたべたになるようなキスをしなければいけない。男とこんなことして楽しいのだろうか。聞いたらこの前買い換えたばかりのソファをまた包丁でズタズタにされそうだから言わない。言っておくが俺は全く楽しくないから。
甘えて来るシズちゃんを引きずりながら朝食を作って、また大喧嘩して仕事に向かうのが日課。の、はずだった。

「シズちゃーん。俺仕事遅刻しちゃうよー」

何故か今日はシズちゃんが朝食を作ることになった。俺が昨日何となく言った「手料理っていいよね」という言葉の結果だった。
もちろん彼には料理スキルなんて皆無だ。シズちゃんが料理本を読んでいる姿なんて見たことがなかった。しかし時すでに遅し。今の俺に出来るのは、少しでも長く生きられることを居もしない神様に頼むだけだった。

「だから、仕事なんか行かなくていい。俺と一緒にいればいいだろ」

だから、それは無理だって。
自棄を起こしたシズちゃんを宥めるには気が済むまで好きなようにさせるか、ベッドに引き込むしかない。ちなみにシズちゃんと俺は性行為をしたことがない。変な所で純情ぶる彼は、同棲して一年は何もしないそうだ。
つまり、一年経ったら俺の貞操が。これ以上の想像はやめよう。

「でもね、俺が仕事行かないとこの生活もできないんだよ?」

それは事実だ。別に今すぐどうにかなるわけではないけど、いつかは成り立たなくなってしまう。おっと、そういう手もあったのか。

「でも嫌だ。臨也が俺以外見るのも、俺以外が臨也を見るのも」

じゅわわと音を立てながら、シズちゃんは熱したフライパンに黄色い液体を投下していた。さてさて、最後の晩餐はどんなメニューだろうか。ちゃんと食べ物の形をしているといいな。
正直言うと俺はちゃんとした会社に勤めいているわけではない。だから出勤時間なんてあってないようなものだし、一番迷惑がかかるのは秘書の波江だ。今頃こっそり買った新しい携帯には、怒りのメールが山のように届いているだろうに。

「でも俺とキスするのはシズちゃんだけだし、俺と寝るのも風呂入るのもトイレに行くのもシズちゃんだけだよ?」

そう。そんな狂ったことをするのは君しかいない。懐かしいシズちゃんとの出会い。始まったストーカー行為。鳴りやむことを知らない電話。毎日投函される愛の言葉のつづられた手紙。感じる視線。
どれも俺にとっては今すぐ忘れたい悪夢で、シズちゃんにとっては大切な思い出。

「……でも、いやだ」

駄々をこね始めると終わりを知らないシズちゃんに対して、俺は黙るという最終手段に出た。下手をすると怒らせる可能性があるこの最終兵器は、どうやら成功したようだ。
シズちゃんは黙々とコンロに向かって練成を続けていた。よほど集中しているんだろう。俺がロープを解こうと必死になっていることに気付きもしないなんて。しめしめ。
しかしすぐにシズちゃんはこちらを向いた。どうやら最後の食事ができたようだ。さようなら世界。つまらなかったよ。

目の前に置かれたのは少し形の崩れた、間違えていなければオムライスと呼ばれるものだ。その少し焦げ目のついた黄色い卵の上には、毒々しいケチャップで書かれたハートマーク。早くスプーンでぐちゃぐちゃにしてやりたい。

「俺が食べさせてやるよ」
「え……むぐぅ」

間髪いれずに口内には、銀色のスプーンに乗せられた劇薬が放り込まれた。スプーンと歯が当たって嫌な音を立てる。
あぁ、きっとケチャップにも負けない赤い色をした血を俺は床に巻き散らすのかな。そして仕事に来ないことを不審に思った波江が通報して、警察がここに来てシズちゃんは逮捕されてハッピーエンド。俺は土の下で自由の身。
あ、でも波江が通報する可能性は皆無だからこのハッピーエンドにはたどり着けない。なんて思っていたら。

「あれ……おいしい」

意外だった。このオムライスの形をしている物体からは、オムライスの味がした。いや、当然なのだけど。満足そうにシズちゃんは笑うと、その気持ち悪い恰好のまま隣の椅子に座った。まるで介護の予行練習だ。とすると、俺とシズちゃんは少なくともあと何十年かは一緒にいることになる。これが、あと何年も。

「あー……こうしてるとよ、足も手もいらないよな。俺が臨也の身の回りのことしたらいらないよな。うん」

なんて熱心なシズちゃん。
うん。お願いですから、それならいっそ殺してください。












またまたチャットから。
楽しいですね壊れたシズちゃん。
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