小説 | ナノ
永遠の日



びゃくやこうパロです。暗いです。




手に残る湿った感触が、いくら洗っても消えない。背後で聞こえる嗚咽が、途切れそうになる俺の意識を繋ぎとめていた。錆びた蛇口から出る水は、夏の日差しで温められたせいか生温かい。それがまた俺の気分を悪くした。喉の奥がひりひりする。でもこの水で喉を潤す気にはなれなかった。

「……シズちゃん」
「……」

洗うのに擦り過ぎて赤くなり始めていた手に、背後から伸びて来た白い手が重ねられた。水なんかより断然と冷たさを持ったそれは、小刻みに震えていた。違う。この手だけじゃない。俺も手も震えているんだ。

「……」
「臨也……」

今日、俺は人を殺した。ただの人じゃない。実の父親。違う。父親だった人だ。もうあれは俺の父親なんかじゃない。信じてた。家族思いな人だと思ってた。でもそうじゃなかった。父親は、俺の大切な幼馴染に酷いことをしていた。いつからかは知らない。でも、今日が初めてじゃない。それを見つけた時、どうしていいのか分からなかった。
男の背中によって隠されていた臨也の顔が見えたとき。涙を流してどこか遠くを見つめる臨也の口は、俺の名前を呼んだ。
それは小さい頃、かくれんぼで俺を見つけられずに泣いていたあのときと同じだった。何もかもが、どうでもよくなった。


気が付くと目の前には冷たくなった父親。首元に残る手の跡を見て、自分が首を絞めたのだと分かった。臨也は必死に俺にしがみついていた。怖かったのだろうか、すすり泣く声が聞こえる。抱き締めてやりたかったが、生憎俺の手は汚れてしまった。だからただ、臨也の肩に頭を擦り付けるだけで終わった。

「……大丈夫、大丈夫だよシズちゃん。シズちゃんは今日、ここに来てない」
「何、言ってんだ……」

突然冷静になった臨也の声が、俺の耳に届いた。驚いて顔を上げると、泣きながら笑っている臨也と目が合った。その顔は俺が一番嫌いなものだった。辛いのに、それを無理矢理耐えようとする顔。俺が不機嫌になったことに気付いたのか、臨也は頬を撫でてきた。冷たい感触が心地よくて、俺は目を閉じた。

「シズちゃんは何も見てないし、やってない。何にも知らなしい」

まるで俺だけでなく、自分にも言い聞かせているような声だった。何を言っているんだと問いただすが、臨也は笑うだけだった。

「……シズちゃん好き。今までも、ずっとこれからも……」
「なぁ、臨也……俺……」
「好きだよシズちゃん。シズちゃんが俺を忘れても、俺がシズちゃんを覚えてる。だからシズちゃんも俺のことが好きなら……俺を忘れて」

そう言って重ねられた唇は、嫌じゃない温かさを持っていた。結局最後まで、俺が臨也を抱き締めることはなかった。そのとき初めて俺は、自分が泣いていることに気付いた。



あれから臨也には会っていない。会いに行こうと何度も思った。でもあのとき臨也に言われた言葉が忘れられず、結局俺から会いに行くことはなかった。
父親もずっと行方不明のままだ。死体がどうなったのか、俺には分からない。殺したことすら夢なんじゃないかと思い始めるくらいだった。


そして今、俺の視線の先には臨也がいる。あの時の頼りない幼さはもうない。俺に向けられていた笑顔は、知らない奴に向けられていた。でもこれでいい。
あいつは俺が忘れたと思っているかもしれないが、俺はあの十五の夏から十年経った今まで、臨也の事を想わない日などなかったのだから。













むむむ。不完全燃焼な気が……
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