※臨也が病んでます。 会いたいと一言書かれたメール。急に呼び出すなと苛ついていたのが、俺も早く会いたいという気持ちに変わったのはいつだったか。 玄関の扉を開けると、そこには臨也が立っていた。 「いらっしゃい、シズちゃん」 「お、おう……」 未だに慣れない出迎えに照れ臭さを感じながら、奥に案内される。予め用意していたらしいコーヒーカップからは、まだ湯気がたっていた。 それよりも気になったのは、仕事用らしいデスク周りだ。いつもはゴミ一つ落ちていない床の上には、色々な書類が散乱していた。 「あぁ……片付けるの忘れてた」 臨也はゆっくりとした動作でそれらを拾いあげていく。俺も手伝おうと手を伸ばすと、臨也に止められた。 「ごめんね、色々見られたらまずいのあるから」 「だったら最初から散らかすな」 「もう、ごめんって」 素早く頬にキスされて、軽くリップ音が鳴る。どうしてこいつはいちいち可愛いのだろうか。今すぐ抱き締めたい気持ちを押さえるように勢いよくソファに座る。臨也は書類を拾い集めると引き出しに詰め込んだ。 そのままソファに座った俺と向かい合うように膝に乗ってくる。しばらく見つめ合っていたが、どちらともなく口付けた。 「んぅ……」 後頭部に手を添えて、そのまま髪をすいてやる。何度も角度を変えて口付けると、その度唾液の混じる音がした。 臨也とのキスは、小さい頃に見た洋画を思い出させた。子どもながらに見たあれは、なかなかに衝撃的だった。 息苦しさに耐えかねて臨也が口を離すと、唾液が口の端から垂れていた。それを舐めてやると臨也は顔を赤くした。 俺は臨也の頬の感触が気に入っている。柔らかい感触も好きだし、撫でると擽ったそうに目を細める反応も可愛い。たまらず撫でると気持ち良さそうに目を閉じていた。 「あ……」 シャツの中に手を入れて背中のラインを指でなぞる。耐えるような喘ぎ声があがり、それに気分を良くしながらだんだんと指を下へ下ろしていく。 肩に置かれた手に力がこもった。 「や、あんっ」 臨也の喘ぎ声に混じるように、低い振動音が聞こえた。見れば机に置いていた臨也の携帯が振動した。手を伸ばし携帯を取る。ディスプレイを見ると、臨也の表情が一瞬不機嫌なものに変わった。 「あー……ごめん。すぐ戻るから」 「お、おう……」 乱れた服を少し整えると、臨也は携帯を持って奥の寝室へ入ってしまった。急に静かになる室内。今さら恥ずかしくなってそれをまぎらわせる為に出されていたコーヒーを飲んだ。もう冷めていたが、おいしかった。 じっとしているのも落ち着かなくて、無駄に部屋の中を歩き回った。 ふとデスクの方を見るとファイルのようなものが落ちていた。恐らく仕事の資料か何かだろう。これなら拾うくらいいいだろうと手に持つと、中から写真が一枚落ちてきた。 「あ」 見ると女の写真だった。特に見覚えはない。ただ気になったのは、その写真には大きく赤いマジックでバツ印が付けられていた。 「……?」 まだ臨也が戻ってくる気配はない。バレると色々小言を言われそ うだ。適当に中に挟もうとページを開くと、また女の写真があった。さっきとは別の女だった。仕事だとは分かっているが、少なからず嫉妬してしまう。 「あ……?」 写真の下には、臨也の字だろうか。丁寧な字で日付などが書かれていた。 『△月△日 中央公園で絡まれているのを助けられる。後日お礼がしたいからと、連絡先を聞き出そうとした。気にしなくていいと断られる。断られたのにお礼がしたいと詰め寄る。しつこい。ムカつく。穢らわしい舌を切り落としてやった。煩いから目も抉った。適当に路地裏に放置してやったら救急車で運ばれたらしい。死ねば良かったのに。 追記 ◎月◎日 殺した。』 『○月○日 池袋駅でハンカチを落としたのを拾われる。渡されたとき手が触れた。笑いかけられた。ムカつくムカつくムカつく。触った右腕を切り落としてやった。ざまぁみろ。もう片方切り落とそうとしたら、顔を引っ掻かれた。ムカつくムカつくムカつくムカつく。綺麗な肌だって褒められたのに。いつも撫でてくれる頬なのに。顔をナイフでぐちゃぐちゃにしてやった』 『□月□日 肩がぶつかった。ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく。ホームから突き落とした。死んだ。』 『◇月◇日 目が合った。殺した』 あとはもうバツ印のされた写真と延々と『殺した』の一言書かれているだけだった。 「なんだ、これ……」 「シズちゃん」 「っ!!」 驚いて後ろを振り返ると、真後ろに臨也がいた。ドアを開いたのにも気付かなかったし、ましてや声をかけられるまで気配すらしなかった。 「もう、駄目だよ勝手に見たら」 臨也は俺からファイルを取ると、デスクの上に置いてしまった。 「手前……前に顔に引っ掻き傷できてたよな」 「え?うん」 臨也のきょとんとした表情は、いつもと変わらない。俺の思い過ごしであってほしかった。 「何で怪我したんだよ」 臨也は首を傾げると当たり前のように答えた。 「言ったでしょ、猫に引っ掻かれたって」 そう言って臨也は唇を触った。 「……嘘だ」 臨也が唇を触るのは、キスした後か嘘をついた時だけだった。俺が嘘だと言ったで瞬間、臨也の目はギョロリと動いた。机に置いたファイルを掴むと、そのまま壁に投げつける。散らばる大量の写真。その全てに赤いバツ印が付いていた。 間違いでなければ、これは臨也が殺した女の写真なんだろう。顔の傷だけではない。中央公園で助けた女のことは少しだが覚えている。書かれている通り、お礼がしたいとなかなか引き下がってくれなかった。 「勘がいいシズちゃんも好きだけどさ、知らない方が幸せってこともあるんだよ」 「手前なにいっ……!?」 突然声が出なくなった。と言うよりは知らないうちに息が荒くなって、喋れる状態ではなくなっていた。 「あれ、コーヒー飲んだの?心配しないで。ちょっと動けなくなるだけだから」 こいつは冷静に何を言っているのだろうか。手が震えて、変な汗が流れ始めた。今までにないほど、俺は臨也を恐ろしく感じた。張り付いたような笑みがさらにそれを増加させる。 「心配しないでシズちゃん。俺がシズちゃんの面倒見てあげる。ちゃんとご飯も食べさせてあげるし、お風呂も入れてあげる」 息苦しさに目の前が霞み始めた。目眩が酷くて立っていられなくなる。すがるように臨也の服を掴むとそのまま抱き締められた。 「トイレだってお世話してあげるしセックスだって……毎日してあげるよ」 完全に立てなくなった身体はそのまま床に倒れ込んだ。臨也は俺の頭を自分の膝に乗せると、そのまま撫で始めた。 「自分で慣らすの、苦手だけど……シズちゃんのためなら頑張る」 頬を赤く染めながら言う姿は、可愛らしく思えるものだった。だが、今は違う。 「か……はっ」 何か言おうと動かした口からは声にならない呻き声が漏れるだけだった。臨也は俺の頬に手を添えると、そのまま口付けてきた。 さっきしたようなものではなく、本当に触れるだけのものだった。まるで、誓いのキスのような。 「これから毎日一緒だね、シズちゃん」 照れたように無邪気に笑う臨也は恐ろしいはずなのに、何故だか酷く愛おしく感じた。 病めてるのかな?(ドキドキ さりげなくストーカーもしてる臨也。 |