小説 | ナノ
ずっと今日は抱き締めて





突然降りだした雨が、地面をビシャビシャと濡らす。俺は傘を持っていなかったせいで、見事に濡れてしまった。
仕事が立て込んでいる臨也の家へ、久しぶりに行こうとずっと考えていた。それを珍しく行動に移せばこれだ。手土産にケーキでもと思っていたのが、それどころではなくなった。

「……何で来たの」

仮にも恋人に向かってそれはないだろうと思いつつ、すでに用意されていたバスタオルに悪い気はしなかった。恐らく俺が来ることを予想していたんだろう。
投げつけるように寄越されたバスタオルで髪を拭きながら、玄関から入れずにいた。何せ服も濡れているせいで、このまま入ると部屋を汚してしまうからだ。
傘でも借りて帰ろうとしていると、無言でジャージを渡される。それは臨也のものにしては大き過ぎるサイズだった。

「……ちょっとサイズ間違えて買っただけだから」

不思議がっている俺に気付いたんだろう。何も言っていないのに臨也が慌てて補足した。
あとこれも、と新品の下着を渡される。少し呆気にとられていると、部屋を濡らしてもいいからとそのまま2階のバスルームに押し込まれた。
ずっと下を向いていた臨也の耳が赤かったのは、気のせいではないと思いたい。
善意に甘え、シャワーを借りて下へ降りてくると、臨也はパソコンに向かっていた。一度こちらをちらりと見たが、気にすることなく作業を再開した。

「……」

つまらない。一言で今の感想を言うとそれだ。俺は普段構って欲しいだなんて思うことは少ないが、こうなると逆に構ってほしくなる。見るなと言われると見たくなるのと同じだ。
パソコンを見つめる臨也の横に立ち、後ろ姿を見つめる。俺の存在には気付いているんだろうが、特に気にする様子もない。それが存外気に食わなくて、俺は臨也の頭を無理矢理腕の中に閉じ込めた。

「……気持ち悪い、仕事の邪魔になるから離れて」
「……」

ずいぶんトゲのある言い方だと思いつつも、今日は大人しくすることにした。少しばかり自分がしたことに恥ずかしさも感じてきている。臨也の態度に寂しさも感じたが。
突然押し掛けてここまでしてくれただけでも、礼を言うべきなんだろう。
むしろ臨也の言う通り、仕事の邪魔になっているのかもしれない。

「……帰る」
「……え?」

この格好で池袋まで帰るのは変だろうか。普段の格好も十分目立っているから、気にする必要はないな。

「さっきより雨マシになったしよ、仕事忙しいんだろ?」
「で、でもまた酷くなるかもしれないし……」
「まぁ大丈夫だろ。わりぃけど傘貸してくれよ。壊さねぇから」

玄関に置かれているビニール傘を指差すと、複雑そうな表情をされた。この前折ったことまだ根に持っているのか。

「貸したくねぇなら……」
「か……っ」

臨也は椅子から勢いよく立ち上がると、体当たりするように俺にぶつかってきた。それはもう少し前のコイツなら、手にナイフでも握っているだろう。

「……帰らないで、よ」

その声はあまりにも小さくて、窓の向こうで降っている雨の音に消されてしまいそうだった。必死に言葉を紡ぐ姿は、いつもの詭弁を語る姿とは全くの別人に思えた。

「せっかく来たんだから、もう少し……い、一緒に……」

臨也の顔は真っ赤で今にも泣きそうだった。そんな臨也の背中に腕を回して、潰さない程度に抱き締めた。こんなことを言われたのは初めてだった。

「……」
「あの……仕事は大丈夫、だから……そ、の……」

流石に恥ずかしくなったのか、声は消えそうなほど小さくなっていく。

「一緒に、いてよ……」
「……あぁ、分かった」

一度離れようと腕を離すと、臨也に待ってと止められる。どうしたのかと顔を見れば、真っ赤な顔で首を小さく振った。

「も、もう少し……抱き締めてて?」

抱き締めるだけではなく、思わずキスをしてしまった。あまり俺たちはキスだとか、そういうことをしない。勝手にしたから怒らせたかもしれないと後悔したが、すぐに臨也からもキスされた。
目が合って、二人して笑う。たまにはこういう日も、悪くない。
















たまにはデレてもいいじゃないですかと。ちなみにこれが二人の初キスだったり。
静雄の中の人のある曲からの妄想。

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