消毒液の匂い。白いベッド。横たわる身体には、無数の包帯とガーゼ。腕から延びる点滴は一定の間隔でその弱りきった身体へと透明の液体を与えていた。足音を立てないようにベッドに近寄れば、いつも以上に白い肌は血の気をなくしていた。本当に生きているのか恐ろしくなってその顔へと手を伸ばせば、人形のように整った顔はパチリと瞼を開けた。 「……見るな」 ただ一言、臨也は言った。その声はさっきまで死ぬかもしれないと言われていた男の声とは思えなかった。凛としたその声は部屋に響いて、俺の鼓膜を震わせた。今は少し動くのも辛いのか、顔以外ピクリとも動かない。 「見るな、見るなよ……!」 声だけが俺にあらんかぎりの敵意を向けていた。こんな状態の臨也を見て、俺は何も思わなかった。ただ、死ななくて良かったとばかり考えていた。それは自分が人殺しにならなくて良かったという安心なのか、それとも好きな奴を失わなくて済んだからか。好きならどうしてこんなことを俺はしたんだろうか。 「やめてよ、シズちゃんはそんな顔しないで……」 地面に広がったのが血だと気付いた瞬間、臨也が俺とは違うことを思い出した。分かっていたつもりなのに。臨也は簡単に死ぬことくらい。 「そんな心配したみたいな顔、しないでよ……!」 怒鳴り付けるように叫んだ臨也に、枕を投げつけられた。良かった、動けるのか。飛んできたそれを避けるでもなく、俺は大人しく受け止めた。それが余計に気にくわなかったらしい臨也は、息が上がるのも気にせずに叫んだ。 「シズちゃんが思ってるほど俺は弱くない!ば、馬鹿にしないでよ……!俺が今までシズちゃんから生き延びれたのは、ちゃんと実力があったからで……げほっ」 違う、違うんだ臨也。俺はお前に対して本気になったことなんてほとんどないんだ。だって、本気を出したら簡単に死んでしまうことくらい、ずっと昔に気付いていた。だから頑張って手加減したんだ。当たらないように、死なせないように。 「何で、何で……」 だんだん嗚咽の混じり始めた叫び声は小さくなっていった。包帯には血が滲んで、臨也の息も上がっていた。背中を擦ろうかと思ったが、余計に騒がれて悪循環だろう。 「何で俺まで、本気になってくれないんだよ……」 病室には、臨也の諦めたような声が響いた。俺は何も言えないまま、ただ床に落ちている枕を見つめていた。 自分だけには他と同じように手加減されたくなかった臨也。それをされたら自分も他の人間と同じ扱いなんだと思ってるから。 |