小説 | ナノ
それぞれの愛し方




天使なサイケたんはいません。見たら後悔します。





仕事用デスクの前に置かれた黒のソファ。来客を招くときにも使われるそこに、津軽とサイケはいた。お互い指を絡めながら、数ミリも離れたくないかのように見つめ合っていた。

「はやくかえってきてね?」
「あぁ、一時間以内には絶対帰ってくるからな」
「ほんと?」
「本当」

津軽がサイケの頬に手を添えると、どちらからともなく目を閉じて唇をくっ付けていた。舌を絡めるとかそんなものではなくて、本当に触れているだけだった。
だとしても、今すぐこのパソコンを投げつけてやりたい。そういうことは他所でやれ。ここは俺の家なのに。

「ちゃんといい子にしてるんだぞ?」
「うん、いいこにする!」

津軽は用事があるからとサイケを俺に押し付けてきた。別に嫌なわけではない。1時間ほどで帰ってくると言われたからだ。そうじゃなければ、このうるさいのを預かるわけがない。

「いってらっしゃい」
「あぁ、行ってきます」

またキスをして津軽は出かけて行った。新婚夫婦じゃあるまいし、いい加減に目障りだ。
タイピングする手を早めると、サイケがデスクに手をついて顔を覗き込んできた。
さっきまでの無邪気な笑顔とは似ても似つかない、どこかで見たことのあるような笑みを浮かべていた。

「さっきから羨ましげに見て……自分もどーてーくんにあんなことされたいとか思ってたの?」

低い声。その声は、俺が人を馬鹿にするときに似ていた。
サイケは幼稚でも知能指数が低いわけでもない。外見相応のことは自分でできるし、嫌味では俺よりも上かもしれない。
どういう訳かコイツは俺以外の前では、子どものような振る舞いをした。そうすれば無条件に愛され、守られると思い込んでいるようだ。そして今、それは目論見通りになっている。
この世で俺だけが、サイケのことを気に食わないと思っているんじゃないだろうか。あの波江でさえ、サイケのためにお菓子を買って来るくらいだ。

「……そんなわけないだろ。仕事の邪魔だと思ってただけさ」
「ふーん?」

俺とシズちゃんの付き合いは、この二人に比べるととても冷めて見える。好きだと愛を囁くこともなく、会うために時間を作ることもない。今さらそんなもの無くても、その程度でなくなるような間柄じゃない。

それに比べてサイケは言葉や行動で示されないと、満足できないようだ。そういうところは子どもかもしれない。

サイケは机に置いてあった書類をぶちまけると、そのままソファに飛び込んだ。別にもういらない資料だからいいとして、片付けるのは誰なんだ。

「つまんないなぁ……誰だよつがるに用事作らせたの。……死ねばいいのに」

ぶつぶつ言いながら、サイケはヘッドホンから延びるコードを指に絡めた。大音量で何か聞いているのか、ヘッドホンからは何か聞こえる。
あぁ、そう言えばさっきの顔は俺の笑い方に似ていたのか。

「あー……退屈。ねぇ、何か面白いことない?」
「ない。俺は仕事中」
「……ちっ」

サイケは舌打ちすると、履いていたスリッパを玄関の扉に投げつけた。結構な力でぶつかったそれは、大きな音を立てて床に落ちた。

「……使えないなぁそーろーも」

サイケは俺のことをそーろーと呼ぶ。実に不愉快だ。ちなみにシズちゃんは童貞くんだ。それに対しては頷かざる得ない。

さて、これ以上煩くなる前に新しいゲームでも貸してやろうかと思った頃。サイケはソファの上で膝を抱えながら泣いていた。

「……何で泣いてんの、お前」
「うるさい……ビッチ野郎。泣いてないから、目にゴミ入っただけだから」
「……」

頭がよくなりすぎたせいか、コイツの脳内は余計なことを考える。悲しいかな、サイケは生憎それの吐き出し方を知らない。だから強制的に泣くことでそれを発散する。その辺りは人間と似ているかな。とりあえずその呼び方はなんだ。

「つがる、まだ帰って来ない……なんで、おれより用事の方が大事なの」

サイケは人を小馬鹿にしているが、盲目的に津軽のことは慕っていた。それは俺がシズちゃんに向ける想いによく似ていて、でも何かが違っていた。

「イザヤと居てもつまんない。つがる……やだ、さびしいよ。はやくぎゅってして……」

これはたぶん依存だ。耳を澄ませばヘッドホンから流れる津軽の声。本人に頼んだのか、勝手に録音したのか。
どうやって機嫌を直そうかと思案していたとき、玄関の扉が開いた。

「!!」
「ただいま……ってサイケ、何で泣いて」
「つがる!」

もうそんなに時間が経ったのか。
サイケはソファの背もたれを飛び越えて、津軽に抱きつきに行った。飛びかかるように向かってきたサイケを軽々と受け止めると、津軽は不思議そうに首を傾げながらも愛しそうにサイケを見た。

「うわぁぁぁんっ!イザヤがいじめたぁ!!」
「は……?」

わんわんと泣きながらサイケは俺の方を指差した。津軽からは見えないだろうが、サイケの口元は笑っている。

「あのなぁサイケ……っ!」
「やだ、やだよつがる」

着物を掴むサイケの手は震えていた。頭を津軽の肩に擦り付けると、同じように津軽も抱き締め返していた。

「やっぱりやだ、いっしょじゃなきゃやだ……」
「あぁ、ごめんな」
「つがる、すき。すきだから、どこにもいかないで?さびしいのやだ……」
「いる、ずっとサイケと一緒にいるからな……」
「うん、うん……」

完全に俺の存在を無視している二人に殺意を感じたが、それもすぐになくなった。
シズちゃんもたまにはあんな風に振る舞ってくれても。そう思いながら、俺はシズちゃんに暴言ばかり並べたメールを送信した。
俺たちには直接的な愛の言葉は必要ないと思ってるつもりだ。ただほんの少しだけ、津軽とサイケを羨ましく感じた。














サイケたんのヘッドホンからは津軽(@静雄)の中の人が羊を数える声が以下略

ずいぶん前に書いたのを加筆したので色々おかしいかもしれません……

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