小説 | ナノ







ある日突然、俺は声がでなくなってしまった。新羅でも理由は分からなくて、しぶしぶ普通の病院にも言ったが俺の身体にはどこも異常はなかった。それでも声は出ない。出そうと努力しても出るのは低く掠れた声で、どう頑張っても聞き取れるようなものではなかった。
俺の声が出なくなってから、シズちゃんに追いかけられることはなくなってしまった。俺を病人扱いしているのか、はたまた興味をなくしてしまったのか。どちらにしても俺からすればつまらないことに変わりはない。

大人しくなってしまった化け物は、滅多なことがなければ暴れなくなってしまった。

「良い変化だとは思わないかい?」
「……」

それを新羅はとても喜んでいた。てっきり俺と似たようなことを考えていると思っていたから少し驚いてしまった。小学生の頃に今のようになってしまったシズちゃんは、それはもう幼い心を痛めていたらしい。

「色々考えたんだけどね、このまま静雄は普通の人間になるべきなんだよ。それが例え、君に望まれなくてもね」
「……」

俺にはよく分からなかった。ただ、そうなってしまったら俺の中から彼は消えてしまうだろうに。おかしな服を着ている人間としては記憶するかもしれない。でも今までのように事あるごとに引き合いに出すのは確実に無くなる。彼は俺の愛する人間の一人になってしまう。そうなれば堂々と愛してると伝えることができるのかな。


新羅の家を後にして、俺は池袋の街を歩いた。俺がどうなろうと、この街は変わらない。それが置いて行かれたような寂しさを感じてしまうのはどういう事なんだろうか。特に当てもなく歩いているとドタチンの姿を見つけた。反射的に声を出そうとしたが、ヒューヒューと言う掠れた音しか俺の喉からは出なかった。いい加減、慣れればいいのに。

仕方なく近寄って背中を叩けば、今まで建物のせいで見えなかったがそこにはシズちゃんがいた。こんなにも近くで顔を見るのは久しぶりだった。最近はずっと、シズちゃんは俺を避けていたから。シズちゃんは俺の姿を確認するなり視線をそらしてしまった。今までならあり得ないことだが、今さら驚くこともない。
ドタチンに携帯の画面を見せる。そこには今まで何度も見せて来た文面が並んでいた。少し複雑そうな顔をしてドタチンはシズちゃんの方をちらりと見た。その視線に気づいたシズちゃんの表情は厳しいものになる。そんな顔をしなくても、俺はすぐいなくなるのに。

「あぁ……いつもの時間でいいか?」

ドタチンの言葉にコクリと頷いて、すぐにその場を去った。事情を少なからず知っているドタチンは俺を引き留めない。シズちゃんの視線を背中に感じながら、俺は池袋を後にした。


その夜、ドタチンが家に来た。慣れた様子で玄関を開けて、すぐにソファに座った。会話はない。余計な労わりりの言葉も、会話も必要なかった。途中まで仕上げた仕事のデータを保存して、俺もソファに腰掛けた。
そしてそのまま、頭をドタチンの膝に乗せる。男の太ももは硬くて筋肉質で、決して心地はよくなかった。そのままドタチンの顔を見上げれば、昼間と同じような複雑そうな表情を浮かべていた。何か言いたげなドタチンを睨めば、諦めたように俺の頭を撫で始めた。

こうやって、ずっと頭を撫でてもらうだけ。最初は報酬を出すと言ったのだが、ドタチンはいらないと言った。ドタチンだって暇なわけではないのにこうやって時間を作っては俺の家に来てくれる。それが良心からか憐れみからか。そんなことはどうでもよかった。ただ誰かに触れていたかった。

本当は声がでなくなって凄く怖かった。自分の言いたいことが相手に伝わらないこと以上に、シズちゃんが俺を見なくなってしまったことが俺には耐えられなかった。
泣いても声は出なくて、ただ空気の漏れる音が喉から溢れるだけだった。これなら声よりも目が見えなくなればよかったのに。そうしたらシズちゃんに視線をそらされたことも気付かずにいられた。目が見えなければ、この手をシズちゃんだと思えただろうか。俺はシズちゃんの手の温かみすら、知らないのだから。




















ドタチンには母性しかありません(笑)落ち込んでる息子を慰めているだけです。
題名と同じ曲を聞きながら書きました。


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