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愛の代償は




目の前のテーブルの上には、昨日まではなかったそれなりに立派な水槽が置かれていた。その中には水草やポンプが置かれており、ぶくぶくと小さな泡を出していた。だが水槽の中にはなにもいない。じっとそれを見ていると、二階から金魚の入った袋を片手に臨也が下りて来た。いつになく上機嫌なようで、鼻歌まで歌っている。

「どうしたんだよ、それ」
「え?もちろん買ったんだよ」

当たり前の様に答える臨也は金魚を水槽の中に放った。狭い所に閉じ込められていた金魚は、少し広くなったそこを縦横無尽に泳ぎ回っていた。金魚なんて縁日でしか見かけることがなかったから、なんだか新鮮な気分だった。一体何のために買って来たのか知らないが、臨也はそれに嬉しそうに餌を与えていた。その横顔は子どものように無邪気だった。

「綺麗だねぇ……」
「……そうだな」

臨也は餌を与え終わると俺の膝の上に乗って来た。そのまま抱きしめれば後頭部を擦り付けて来る。素直に可愛いと思いながら水槽の中の金魚を二人して眺めた。こうやって臨也とゆっくりと過ごせることが楽しいと感じ始めたのはいつだったか。最初はいらだたせることを思い出したように臨也も言っていたが、最近はこうして素直に甘えると言う音を覚えたらしい。大人しい臨也は違和感以上に可愛く感じた。きっと俺は頭がどうかしているんだと思う。

「ふふ……」

考え事をしているといつの間にか俺の顔を見ていた臨也が小さく笑った。何なんだと問うように首筋に顔を寄せると、臨也は俺の手を握った。俺よりも小さく冷たいその手は指をそっと絡めてきた。お返しとばかりに握り返せば今度は腹を抱えて笑い始めた。流石にそれには驚いて顔を覗き込もうとすると、いつもと変わらない笑顔を向けられる。

「俺さぁ、シズちゃんの手きらい」
「……はぁ?」

そう言いながら、臨也は俺の手の甲に歯を立てた。この場合、好きだと答えるのが普通ではないのか。普通より頑丈にできた肌には傷一つ付かない。それを残念そうに眺めながら、臨也は次に首筋にかみつき始めた。それは甘噛みなんてものではなく、肌を裂こうとしているようだった。歯は人間の中で一番頑丈だと新羅が言っていたような気がした。
ガリっという嫌な音ともに、俺の首筋からは少し血が流れ始めた。久しぶりに感じた痛みに湯をしかめていると、臨也はその傷口にさらに爪を立て始めた。流石にそれにはイラついた。

「手前……さっきからなんだよ」
「だって、温かいんだ。手も、首も……」
「……」

首筋の傷口から流れた血はシャツを汚し始めていた。首って少しの傷でこんなに血が出るのかと感心しながら、まだしつこく抉ろうとしている臨也の腕を抑え込んだ。抵抗してくるかと思えば、大人しくされるがままになっている。こいつの手も笑わせるべきかと考えていると、隙を突いて何故かキスされた。しかもすぐに離れることも舌を絡めるわけでもなく、じっと唇を触れさせているだけだった。どうしていいのか分からず気が済むまで好きにさせていると、やっと満足したのか臨也は離れて行った。

「この唇ももっと血色が悪ければいいのに……」

そうぼやきながら、臨也は俺に抱きついてきた。今日はいつになくおかしな言動が目立っているように感じる。いつも俺にはよく分からない話を饒舌に語っているが、それ以上だ。

「……俺ね、ずっと気になってたことがあるんだ」

また傷口に触れようとしてきたからやめさせると、今度は拗ねたように唇を尖らせていた。

「シズちゃんの身体は普通の人間と違うだろう?頑丈で傷の治りも早いし痛覚もあまりないみたいだ」

現にさっき噛まれた首筋の傷はすでに血が止まっていた。傷自体もすぐに消えてなくなるんだろう。刺されても、殴られても、俺の身体にはそれが残らない。

「じゃあね、死んだらどうなるのかな……?」
「は、」
「死んだらシズちゃんの身体はどうなるの?俺としてはそのままで、一見寝ているようにも見える死体になると思うんだ。この姿を保ちながら永遠に存在し続ける……でも、死んでる」
「……」

臨也が一体何を言いたがっているのか、俺にはよく分からなかった。ただ臨也が楽しそうに笑っているという事だけは分かった。ふと水槽に目を向ける。そこにはもう、さっきまでの優雅に泳ぐ金魚の姿はなかった。

「おい、これ……」

水面には、白く柔らかそうな腹を向けて浮かんでいる金魚の姿。意味のなくなってしまったポンプが、ただ気泡を作り続けていた。浮いた金魚の中には口をパクパクと動かしているのもいたが、すぐにそれもしなくなってしまった。
それを横目に見ながら、臨也は俺の方に両手を添えた。冷え切ったその手は俺から体温を奪っていく。薄く開いた唇はさっき舐めていた俺の血がこびり付いていた。

「シズちゃんも死ねば……俺はもっと君を愛してあげれるよ?」

昔のようにナイフを向けながら死ねと言われれば、ただ腹が立つだけで終わったのかもしれない。だが今はどうやれば自分は絶命するのだろうかと普段使わない頭で無意識に考えていた。そうしたら臨也は、俺のことを今よりも愛してくれるんだろう。それはきっと、俺にとって一番幸せだ。























絶賛スランプ中ですうえうえ
唐突に死体や死骸にしか興味のない臨也さんが書きたくなったので。
ごめんね金魚さん。

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