例えば髪をふいにかきあげる仕草や時折掛ける眼鏡姿。
姿勢正しくパソコンに向かってキーボードに打ち込んでいる姿。

君が何かする度に鼓動が跳ねて、いつもドキドキが止まらないんだって知ったら――…どうする?


「きた、……沖田」

「ん、んんん…」

こつんと手で軽く頭を小突かれ、机に突っ伏していた僕は上半身を起こし「んー」と軽く腕を伸ばした。

「昼休憩そろそろ終わるぞ、起きろ」

「んー…」

「休憩時間寝てるのは構わぬが…昼ご飯食べずに飲み物だけではその内倒れかねん。何かしら口に入れておけ」

と、コンビニにでも寄ったのであろう袋からガサコソとカロリーメイトを取り出して僕に差し出して来た。

「え…」

「午後は残業もあって長いから保たないぞ、休憩時間終わるまでまだ数分あるから今の内に食べるといい」

「え……あ、有り難う」


そう言うとまだちょっとお昼休憩が残っているにも関わらず早々と仕事に取り掛かり始めた。
ブラインドタッチで黙々と打ってしまう姿が格好良くて、隣で仕事をしている総司もよく自分の書類を片付けながらついつい盗み見してしまったりしている。

(だってあの様になってる姿。見ない方がオカシイでしょ…。)

……斎藤くんのこういう細かでさりげない気遣いが出来る所とか…好き。全部、好き。
所詮僕の一方的な片想いだけれど。


伝えるのは…怖い。
男から想いを告げられた所で嫌悪感を抱かれるのは目に見えている。
だったら伝えずに想うだけで…それでいい。

貰ったカロリーメイトを少しずつ食べつつ山積みになった書類に目を向ける。
いつ終わるのだろうと憂鬱感を感じながらも、処理を再開するべくゆっくり手を付け始めた。
***


気付けば時間は午後20時。

すっかり外は暗くなり、定時なんてとっくのとっくに過ぎている。
大量に積み上げられた書類はやっと終わりが見えてきた所。
…が、終わるのにまだ時間は掛かりそうだ。
辺りを見回すと周囲に残っているのはどうやら僕達だけのようだ。
ちらりと斎藤くんの方を盗み見すると黙々と帰る支度を始めていた。

(あ、斎藤くん終わったんだ…)

斎藤くんも帰ってしまえば残っているのは僕一人だけって事になる。
手伝って欲しい…とも思ったけどあともう少しだし、それにこれは自分の仕事だ。迷惑を掛ける訳にはいかない。

(…仕方ないか、家に着くの22時になる覚悟で…)

…すると目の前に影が差した。驚いて顔を上げ影の方を向けると斎藤くんが手伝うと言って少し残っている書類を半分程持って行ってパソコンを起動し始めた。

「え…なん、で?」

「二人でやった方が早く終わるだろう?」
「そう、だけど…僕の仕事だし…」

「俺が勝手にそうしたいだけだ、諦めろ」
「………。」

今の……どういう意味?
そっちの感情じゃないと言い聞かせても、心の何処かで期待している自分がいる。

(―違う、違うったら…期待なんかしちゃいけない。)

―期待なんかしちゃいけないんだ。


―そして数十分後。
「…終わったぞ」

「あ、有り難う…斎藤くん。」
そう答えながら、やっと打ち終わってやっと帰れると安堵の溜め息を吐く。

すると斎藤くんが此方に視線を向けたままで。思わずどくんと胸が高鳴る。

「……以前から聞きたかったのだが」

「え……?」

「頻繁に、俺の事を見ているだろう?」

「………!?」

思わぬ台詞に総司は目を丸くする。
―いつの間に、バレていたのだろうか。本人に気付かないようにさりげなく見ていたのに。

「…そんな事、ないよ」

「そうか、あの熱を帯びた視線は嘘だったのだな…俺の勘違いか」

「え、そんな…嘘じゃ…っ」

フッと笑い意地悪な視線を向ける。
「カマを賭けただけだ、」
「!!?」

カッと顔が熱くなるのを感じた。

(こ、こんな意地悪な斎藤くんは初めてだ…っ)

いつも物静かで仕事に対して全て的確で真面目で、時折素っ気なくとも優しくて―…。
今目の前にいる斎藤くんは意地悪で明らかに僕の反応を楽しんでいる姿だ。


「な…何が言いたい、訳?だって仕方ないじゃないか君の事が好きなんだから…っ」
「な……」

斎藤くんが驚いた表情で此方を見ている。やけくそになり勢い任せて告白してしまった……男の僕に告げられて嫌悪感を抱いているかもしれない。

そう思ったら何だか今この場所に居たくなくて…早く立ち去りたくて堪らなくなった。

「迷惑なら迷惑って言ってくれればいいのに、手伝ってくれて有り難うじゃあ…また月曜…」

まくし立てる様に言うだけ言ってスクッと立ち上がり、自分の席から立ち去ろうと斎藤くんに背を向けて出口に向かおうとした瞬間。

ぐいっと腰を引き寄せられ、吃驚して振り返ると思い切り抱き締められた。

「な……!?」

「そうか、俺の事を頻繁に見ていた理由が好きという意味であったらいいと思っていたが…」

(え、す……好き…!?)

「好き……なの?僕の、こと」

「ああ」

あっさりと肯定されて一気に身体の力が抜け斎藤くんに少し重心を掛けてしまうが、自分より細身な身体で更に力強く抱き締められた。

随分前からバレてたなんて。
何か今まで必死になってた自分が馬鹿みたいだ…。


「ね…ねえ。はじめくん…て呼んでも、いい?」

「ああ…ならば俺も総司と呼んで構わないだろうか」

「うん……はじめ、くん。」

少しだけ身体を離してごく自然に手を握り合う。気付けば互いに口同士を重ね合わせていた。

君の事を想うだけで心が乱されて、周りの事が手につかなくなるくらい僕の中で切っても切れない存在で。


―ねえ、はじめくん…ぼくを虜にした責任はとってね。
(拒否権なんて、与えないんだから。)


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