―触れた手は熱く、君への想いが濁流の様に荒れて渦巻いて―…。
―夕餉後。
壬生寺に稽古も兼ねて向かおうとしていた沖田だったが、恐らく島原に行こうとしていたのであろう。新見を引き連れた芹沢とばったりと遭遇した。
沖田は思わずしまったと心の中で軽く舌打ちをした。
「…何だ沖田ではないか。」
「…………」
芹沢は少しばかり考えた素振りを見せると、沖田の顔を見、
「どうだ、一緒に酒でも酌み交わさんか?」
「……え」
「新見よ……申し訳ないが今日同行するのはよせ。日を改めよ」
「は、はあ………分かりました芹沢局長」
新見は少々呆気に取られた様で、ジロリと沖田を見やると足早に前川邸へと引き返して行った。
「………どうだ、我と行かぬのか?」
二度目の問い。
断ったら何をするか分からない。
「……分かりました、お供しますよ。それじゃあ行きましょうか?芹沢さん」
警戒しながらも仕方なく付いて行った島原の角屋。常に気を張ればいい、そう言い聞かせて。
そんな芹沢が獰猛な目で沖田を見てるなど…勿論考え事をしていた当の本人は気付く筈もなく。
―二人しかいない室内に無言の中隣同士で互いに酒をちびちびと呑み進めていく。
暫くの沈黙の後。
「……何故、貴様は我の元に付いてきた」
突然の質問に猪口に口をつけていた沖田の手がピタッと止まる。
「だってそれは芹沢さん、あなたが―」
言い掛けて止める。
(自分から誘っておいて……それに断ったらこの人暴れかねないし、)
「分かっておる」
沖田を見る目が細くなる。突然ぐいっと猪口を持つ手を力一杯に引かれ、互いの身体が密着する。
沖田の目が見開く。
「お前は黒い着物を身に纏ったあの斎藤という男が好きなのか?」
「…な……っ」
「あの時も、あの男ばかりお前は呑みながら見ていたからな」
あの時……とは、もしかして原田や藤堂、永倉と斎藤、井吹を含めた七人で島原へ赴いた時だろうか。
あの時はひたすらに芹沢さんの弱点を探ろうと必死だった気もするが…。
「………………」
鉄扇を持ち、肩にポンポン叩きつつ三日月の様に口を歪めながら芹沢は続ける。
「く…だんまりか。沈黙は肯定しているのと同じだぞ」
「……っ違いますよ、それに芹沢さんには関係ないじゃないですか」
「クク、そうか…そうだな。ならば―」
グッと肩を一気に抱き寄せられ、鉄扇で着物の中をするりと滑り込み広げられる。
(……っ!?)
驚いてカタンと持っていた酒の入った猪口を落とす。酒が畳に染み込んでいく。
「……こういう事をするのだから己とお前は無関係ではないな?」
「何、を…………んんっ」
言いかけた途中で頭を抱えられ視界が塞がる…接吻をされていた。もがこうにも沖田より体格の良い芹沢には力で叶わない。
芹沢は鉄扇をほおり投げると、力任せに沖田を押し倒し着物を勢いよく拡げ……。
「ん、ぐ……ぅ」
酒の味がした生温い舌をぬるりと入れられ逃げようとする自分の舌を絡めとられる。
あまりの咄嗟の出来事に恐怖で身体が……動かない。
「斎藤という男にはこんな事……言えまいな?」
ククっと笑いながらするりと下腹部を撫でられ、
「……っ…………あ、」
―漸く自分が島原(ここ)に連れて来られてきた意味を知る。
***
欠けた月が薄雲によって見え隠れしている。
夕餉後壬生寺の境内で黙々と斎藤は刀の稽古をしていた。
自分より先に八木邸を後にしたので、てっきり壬生寺の境内で既に刀の稽古をしているのかと思ったのだが。来てみるとそこには総司の姿はなかったのだ。
黙々と素振りをしていると遠くから見知った人物が近付くのが分かった。総司だった。
自分がいるとは思わなかったのか斎藤がいる事に気付くと僅かに目が見開き、すぐに元の表情に戻った。
「……何処に行っていた」
問いただしても総司は答えない。
「総司」
「…………」
「……でしょ」
「…総司?」
「君には関係ないでしょ!!」
「……っ」
突然の声の荒げる様(さま)に斎藤は驚く。
(―一体何があったというのだ?)
夕餉の時の総司はいつもの様に副長をからかい、けらけらと笑っていた…普段と何ら変わりない姿に見えた。
だが今の総司は表情が暗く、俯いてるため様子が窺い知れない。
いいから答えられる範囲で答えてみろと言って肩に触れようとするが勢いよく振り切られ、パシンと手を弾かれる。
「…………っ」
「……僕に触るな。…じゃあ、僕八木邸に戻るから」
斎藤の顔を見る事なくそう告げると、ひらりと斎藤を交わし背を向け八木邸へと戻って行く。
沖田の姿は段々と小さくなり、やがて見えなくなっていった。
振り切られたあの一瞬、窺えた沖田の表情は気のせいかもしれない。涙こそ流していないものの、泣いてる様にも見えた。
「総……司」
弾かれた手はどうしたらいいか分からず、虚空をさまよう。
(場所からして総司が現れたのは島原のある方向からだった……新八や左之と平助と違い、総司はあまりそういった場所には興味がなく至って淡白な性格だ。……一体何故―)
(……考えてもキリがない。)
拒絶こそされてしまったがもう一度理由を問いただしてみようと思い立ち、刀を鞘に仕舞うと斎藤もほんの少し足早に八木邸へと向かうのだった。
―総司の部屋に向かうと、自室の前の縁側に腰掛けて庭をぼんやりと眺めている当の本人がそこにいた。
気を緩めているのかはたまたそれ所ではないのか。
近くまで来た事に気付いていない様だった…が、それも一瞬の事で。
「…君も、案外しつこいよね。」
「………総司」
「話したくない事をさ。聞き出そうなんて性格悪いんじゃないの」
「……話したくない出来事でもあったのか」
「………………」
「……何で、そんなに」
と、そのまま黙ってしまった。
……確かに。
総司からしたらほおっておいて欲しい事かもしれない、自分には関係ない事の筈だ。だけど頭の何処かでそれを許さなかったのだ。
追いかけなければ駄目な、気がした。
「……、芹沢さんに島原に行こうって誘われて仕方なく呑みに付き合ってた…んだよ」
ぽつりと総司が呟く。
「……それは真か」
「そうだよ」
歯切れ悪く答える総司に微かな疑問を感じる。
゛僕に触るな゛
では何故呑みに付き合ってただけなのにあの様な事を言ったのだろう。
本人は気付いてない様だったが、時々芹沢は沖田を獲物を狙うような―欲を含ませた瞳で見ている時があった。
(―まさか―)
―これは、月が魅せる一時の夢だ、夢なのだ。
だから渦巻くこの気持ちも夢から覚めれば消えてしまうもの。
今までずっとひた隠しにしてきた。
表から消えれば裏に隠れるだけだ、それでいいはずだ。己の想いは―
気付けば手首を握り引っ張り上げると、すぐ側にある沖田の部屋の戸を開ければ勢いとばかりに畳に沖田を押し倒していた。
「な…………っ!?」
吃驚して開いた口が塞がらない様子の沖田の口に自分のソレを重ねた。
「…っ」
重ねるだけの接吻。
「迂闊だったな…あやつに先に奪われるとは…………」
(…………今、何を…言った?)
そんな疑問もすぐに別の行為によって散漫としてしまう。
頭上に両手首を片手で固定されながら、するりと着物の帯を解かれる。
止めろと必死に抵抗しても固定されてる為失敗に終わる。
「ちょっ……や、やめ……っ」
沖田のソコに迷う事なくズプリと指を入れ二本ともバラバラに動かしぐいぐいと押し広げる……が既にソコは柔らかく、いとも簡単に自分の指を飲み込む。
「ふ…………や…あ、」
島原から帰って来た総司。
身体のあちこちに付いている赤い吸い跡。どろりと流れ出てきた白濁。
これらが一体何を指し示すか……全てが合致した。
それと同時に何とも言えない底知れぬ怒りが沸き上がるのを斎藤は感じた。
バラバラに動かしていた指をある一点―…前立腺の辺りを重心に攻め立て始めた。
芹沢に対しての……黒く渦巻く怒りを総司にぶつけるかの様に。
「ひ、いあああっ、一く……っやだ、そこやめ……あ、ああっ 」
「――!」
総司の甲高い悲鳴に近い声に斎藤はハッと我に帰る。
(…………俺は、怒り任せに総司を無理矢理犯そうとしている。……これではあの男と似たようなものではないか)
中で弄んでいた指を引き抜く。突然中途半端に止めた行為に、総司は思わず声が漏れる。涙目でハアハアと呼吸を荒くしながら斎藤を見つめた。
「?…は、一く……」
「―すまない。嫉妬任せに無理矢理総司を抱くなど……どうかしていた…それで無理矢理手に入れても嬉しくなどない」
「……嫉………妬?」
「………だから、気付けばしつこく問いただしてしまっていた…すまない。」
「……謝ってばっかだね。
何で一くんが謝るの?僕の不注意が招いた事なのに」
「……夢の中だけでいいと思っていた、お前に想いを伝えるのも、まぐわうのも。だけどそれは無理な様だ」
「話……聞いてる?」
慈しむかの様に頬をするりと撫でられながら。
「好きだ、総司。些か伝えるのは遅かったかもしれないが」
「え…………、」
頭が少しばかりついていけないでいる。
―僕の事が、好き?
「僕の事が好きだった…の?」
「ああ、伝えるつもりはなかったが……」
どうやら自分の気持ちは言うつもりはなかったらしい。
「……自分の中で気持ちを自己完結しちゃうんだ?」
僕も同じ気持なのに……と、ぼそりと呟くと斎藤には聞こえた様で。
「何だ?」
「……何でもない」
「言ってくれ」
「恥ずかしいから言いたくない」
「あのさ、一くん……勝手に熱を上げられて勝手に中途半端に中断されたから…………して…欲しいんだけど」
「言わねば続きはやらぬ」
「………っやっぱり一くんって性格悪いよね」
涙目でキッと一睨みすると意を決した総司が斎藤を真っ直ぐ見据えると。
「は、一くんが…好き…だから」
「………ね?互いに好き合ってるって分かったんだから無理矢理じゃなくてもう合意の上でしょ?…君に触られてさっきから疼いて仕方ないんだ……だから、お願い。消してよ…あの人の跡。」
「………っ」
少し照れながら乱れた着物を握りながら言う総司のあまりの破壊力にクラリと目眩を覚える。
隠さないで堂々ともっと早く伝えれば良かったと。そうすれば芹沢に先に奪われないで済んだのかもしれない。
(だが、もうそんな事などさせるものか)
そう心に誓いを立てると、匂いも跡も自分のものに塗り替えるべく中途半端に止めた行為を再開させるのだった。
―総司、どうか俺の目の届く範囲にいてくれないか。
2014.4/26