―例えばもっと早く告げていたなら。
例えば、もっと素直になれていたなら。
この状況は少しでも変わっていたのだろうか……
今となってはそれすらも分からない。
「ん……」
意識が浮上する。
熱に浮かされている為、思考がぼんやりとしていて上手く考えられない。
視線だけ辺りを見回すとまだ暗く、夜半であることが窺えた。
「けほ……」
軽く咳をしてはあ、と溜め息を吐く。
むくっと上半身を起こしたと同時にぽとっと額に乗せていた手拭いが落ちるが、総司は拾うこともせずただそれを見つめていた。
「…………」
…ただの熱じゃない、薄々気付いている。この身は既にあの死病に冒されているのだと。
―何で、此処に居るんだろう。
「……土方さん」
小さな声でぽつりと溢した名前は何時も眉間に皺を寄せている鬼副長。
ずっと……ずっと好きだった。
初めて出会った頃は何でこんな女たらしが近藤さんと仲が良いんだと思ってたりしてた。
だけどある時、無意識に大好きな近藤さんにでさえ嫉妬していた自分に気が付いたのだ。
…ああ自分は土方さんの事が好きなのだと。
正直、近藤さんとは違う好きなんだって気付いた時は自分は男なのにと戸惑ったけど。
それからの僕は土方さんを意識せずにはいられず、必死に平常心を装った。
不振がられないように。
気持ち悪いと思われるのが怖くてこの想いを伝えることが出来ず、日は刻々と過ぎていった。
今思えば…気付いた時に気持ち悪いと思われても伝えてしまえば良かったと思ってる。
そうすればこんな苦しい想いを抱かなくて済んだのに。
でもまさか、土方さんとはじめくんが好き合ってたとは思わないじゃない…………。
…と、そこでぐっと喉の奥からせりあがってくるのを感じる。
「……っぐ」
必死に手で口元を押さえて込み上げて来るものを堪えようとするけれど、強い衝動を止める事など出来なかった。
「っげほ、げほげほ…!げほげほげほ……っっ」
ぴちゃり。
と口元を押さえた手の平に感じる生温かいぬるりとした感触。
――痛い、痛い。苦しい、苦しい。
咳をし過ぎて目元にはうっすら涙が溜まっていて息は切れ切れになる。
未来(さき)が短い、近藤さんの為に刀を振るえない、想う相手がいてもそれは叶わない。
なら、此処に留まる必要もないのではないか。
「何してるんだ……!!」
ガシッと不意に腕を掴まれて僕は相手を見る。
そこに居たのは様子を見に来たのであろう、土方さんだった。
どうしてだか…………蒼白な表情で。
「何でこんな真似をしてやがるっ」
「え……」
…何でそんなに怒っているんだろう。
訳も分からず掴まれた方の手を見ると無意識に手を伸ばしたのか、刀が握られていてその刃は首元へ充てられていた。
……少しだけ血が出ている。
「……あれ、刀…なんで持ってるんだろ……」
「……っ」
ぼんやりとそんなことを口にすれば、土方さんは苦虫を潰したような表情で僕を見つめていた。
右手に握っていた刀を離され、不意に、
「……、血い…吐いた、のか」
と聞かれ。
しまった…拭うのを忘れてたと思い、急いで手拭いで掴まれてない左手で口元を拭いたけれど既に遅かった。
「…………右手…離し、てくれませんか」
荒い呼吸で切れ切れに言っても恐い顔で見据えたまま、土方さんは離してくれる気配などない。
「僕なんかの、心配するより…はじめ、くんとの時間大事にした方がいいですよ」
「……っそう…「ね、隠してたつもりですか?伊達に十数年一緒に居なかった訳じゃないんです。長い時間貴方をずっと見てきてるから分かるんですよ」
無意識に告げたその言葉。
ハッと気付いた時は既に遅し、総司は思わず俯いてしまう。
(……しまった、これじゃあ想いを告げてしまったも同然じゃないか…)
「…な、それって」
土方さんはいきなりの僕の想いに驚いたのか、目を丸く見開いたままだった。
……もういいや、構わないか。残っている時間は少ないんだ。
「…良かったじゃないですか。はじめくんはこれから未来(さき)も土方さんの為に忠義を尽くすだろうし、新選組の為に戦い抜いてくれる。」
「……それに」
−病が治るなら、近藤さんの為に、土方さんの為に刀を振るって戦場で散りたいと辛い程願うのに。
暗闇の中を必死に足掻いて、足掻いて、足掻きすぎて…………
「気付いてるんでしょう?只の風邪じゃなく…――労咳なんだって。そんな……僕なんかより、はじめくんなら永く永く土方さんの傍に居てあげられる」
――もう、疲れたんだ。
「…………」
穏やかな笑顔で告げた総司にどう返事をしていいか分からなかった。否、言えなかった。
それはまるで遠巻きにさようならと告げられているようで。
ずっと言わず一人で抱え込んで。
(総司の想いをやっと知れたのに、どうして……そんなことを言うんだよっ)
―そして総司はとうとうその言葉を紡いだ。
「此処にもう居ることは出来ない。……僕、松本先生の所に行きます。
そうすれば土方さんも近藤さんの為に、新選組の事だけにに集中出来る。僕の世話に取り掛かる必要なんて――っ」
…………もう限界だった。
握ったままの右手を引っ張ると、病によって以前よりも華奢になってしまった身体はいとも容易く自分の中に倒れ込んだ。
「土方さ……」
翡翠の綺麗な瞳は見開かれ呆然とした様子で此方を見る。
「ふざけるな!何もかも諦めて死に急ぐような事をさらさら言ってんじゃねえよっ…もっと自分を大事にしろっ」
「……ごめんなさい」
「…それにな」
………確かに斎藤と好き合っている、それは変わりようのない事実だ。
だけどそれ以上に―
「俺にはお前が必要なんだ。
…だから…行くな」
斎藤にも居て欲しくて総司にも居て欲しい。随分勝手な事を言っているのか自覚している。
呆然と見ていた総司が次第に瞳を潤ませ、そして一筋の涙が伝い落ちた。
綺麗だと……思った。
「貴方は……残酷な人だ。はじめくんという存在が居るのに、必要、なんて。
見放しても、いいのに……何の役にも立ててない僕を…でも、それでも……」
いずれは療養の為に此処を離れてしまう日が来てしまう。
「貴方の事が好きだから、まだ……此処に居てもいいですか…?」
「ああ」
握ってない方の手が自分の背中にまわされて、そっと抱き締められた。
「土方さ……ん」
残された時間が少なくとも、まだ居てほしいと願ってくれる人がいるのならば、例え想いは実らぬとも――
「僕、貴方の事好きです……よ」
「っ総司……、」
ふと眠気が襲って意識が薄れゆく中、土方さんが何かを呟いたのが聞こえた。
「――――。」
(…………?)
土方さんの暖かい腕の中で完全に意識を失ってしまった僕には知る由もなく―。
――――
いつの間にか眠ってしまった総司を布団に寝かせ、温くなってしまった手拭いを桶に入った水に浸し絞り直し額の上に置いた。
土方は手を握ったまま眠る総司を見つめ、溜め息を溢した。
「もっと早くそれを聞きたかったな…」
ぽつりと呟いた言葉は静かな室内に響く。
……もうすぐ夜が明けようとしていた。
***
PCサイト作った時に一ヶ月くらい載せてて、それから1.2年眠ってた(笑)土斎前提の土→←沖話。
土方さん罪な人…!!
上げようか実は迷って、た!(ただ切ないだけだし)のですがあまりにも小説更新出来てないので再アップですw
何かちまちま土沖とか原沖とか書きかけのがあったので時間取れた時に少しずつ進めていけたらな、と思います(´∀`)ノ
沖受けで初めて書いた小説です。ほんのちょびっと加筆修正したけど…。文が初々しい(笑)
2013.3/24