空腹の空
(いち)
空は青く、雲は白い。
木葉は緑で、土は茶色。
それは至って普通の事だと思っていた。
あの時、までは。
「ヒジカタサン、きょうはおそらが いつもよりしろいよ?」
首を傾げた涼子は、俺の服裾を引っ張って訊ねた。
そら、と言われて上を仰ぎ見てみるが、涼子が言うような「白い」の意味がわからない。
む、と息をつまらせれば、涼子はまた俺の裾を引っ張った。
「なんでかなぁ」
「……さぁな」
「ゲンキないのかなぁ」
「…」
「あ、おなかすいてるのかな?」
涼子は心配そうに眉をハの字にしてそう言った。
瞬間、涼子の腹の虫が盛大に合唱する。
「あ、ヒジカタサン、おなかすいた!」
「今の聞いてりゃわかる…。そうだな、おやつ時って感じだし、団子でも食いに──」
「おだんごー!」
行くか、と俺が言うのと重なるように、ぱあぁっと涼子の顔が輝いた。
お団子がそんなに嬉しかったのか、パタパタとリズミカルな…いや、全くリズム感のないスキップをして涼子は駆け出していく。
転びやしないかいささか心配ではあったが、団子に興味を持っていかれているこいつは、きっと泣くような事はないだろう。
何故か確証が持てた。
「ヒジカタサン、おそらは なにたべるのー?」
「あぁ…? ……なんだろな、お前は何だと思う」
「んとね、わたしはねー、ふわふわのたまごやきと、ごはんとおみそしる!」
「それはお前の好きなモンだな」
「わたしがスキだから、おそらもきっとスキだよー」
一体何処からそんな自信が湧いてくるのだろう。
けれど涼子はニコニコと笑いながら、置いていかれないようにと思っているのか俺の隊服の裾を掴む。
俺はそんな涼子の進むスピードに合わせて歩き、シュ、と煙草に火をつけた。
「あーっ、ヒジカタサンだめ!」
「あン? 何がだよ」
「たばこはもくもくしてて、ケムたいからめっ、なの!」
頬を膨らませた涼子に負け、俺はつけたばかりの煙草をケータイ灰皿に押し付けた。
まったく、俺はいつからこんなにガキに甘くなったんだ。
そんな事を思うけれど、すぐに答えは出た。
子供に甘くなった訳ではない。
(涼子、だけだな)
フッと笑い、俺は歩き出す。
まだ小さな少女を置いていかぬように、俺は手を繋ごうと、右手を差し出した。
「…ヒジカタサン?」
「手ぇ繋ぐぞ、そうしないとお前は迷子にでもなりそうだからな」
驚いたように目を丸くした後に、小さな小さな手を重ねる涼子。
従兄弟である山崎に似たタレ目は、少女に調度いい可愛らしさを与えている気がした。
空腹の空(あ、ヤベ。もう夕方じゃねーか。 帰るぞ!)
(あっ、ヒジカタサン、おそらあかくて ゲンキになったよっ。おそらさんは、おだんごスキなんだね!)
(テメェの腹は空と繋がってんのかよ…!)
[ 9/16 ][*prev] [next#]
[back]