君の傍にいられたら
(いち)
僕は、『黒』だ。
何者にも染まらない『黒』。
何者をも染めてしまう『黒』。
僕の周りは黒に染まる。
何色も全て、黒に染めてしまう。
「イトーサン、ねこさんげんき?」
「ああ、元気だよ。見に来るかい?」
僕は今から出掛けてしまうけれど、と付け足して、僕は足元でにこにこと笑う小さな少女を撫でる。
すると少女は──涼子ちゃんは淋しそうに唇を尖らせた。
「イトーサン、またおでかけなの?」
「仕事だからね…。けれど、僕が居なくても猫はいるのだから、遊びに行けば良い」
「……いい、いかない。 イトーサンいないなら、いかない」
この子が我が儘を言うのを初めて見た気がする。
(いや、僕に見せないだけかもしれないが。)
涼子ちゃんは泣きそうな声を上げて、僕を見上げた。
ぎゅっと、僕の脚に抱き着く。
涼子ちゃんのそんな姿がなんだか愛しくて、僕はそっと少女の頭を撫でた。
僕は『黒』だ。
決して何者にも囚われず、何色にも染まらない。
僕は『黒』で、そして涼子ちゃんは、さながら『白』といった感じだろうか。
黒に白を注いだら、何色になるのか。
その答えは考えるまでもない。
黒は薄まり、薄くグレイに染まるのだ。
だとしたら、僕は次第に色を変えてしまうのだろうか。
純粋な涼子ちゃんの笑顔を見る度に、僕の澱んだ心は洗われていくのだろうか。
ああ、それならば
ずっと君の傍に
居られたらいいのに。叶うかな。
そう言えばきっと、君は僕に寄り添ってくれるだろうけれど。
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