虫歯予防デー
(いち)
虫歯。
それは、子供にとってかなり身近にある、恐怖の塊。
屯所に暮らしている五歳の山崎涼子にとっても、虫歯とは怖い存在である。
「ほら涼子、口開けて」
「……んーん!」
虫歯とはすなわち歯の病気であり、手遅れになれば、顎をも溶かす脅威になる。
本当に小さな頃から『虫歯で顎が溶ける』という衝撃的事実を実父によって擦り込まれていた涼子は、現在一番の理解者であろう山崎退の言葉にも、首を横に振ったまま断固として口を開けなかった。
「…ただ、口の中を見るだけなんだよ?」
「んん!」
「歯医者さんも、困ってるよ?」
「んーんん!」
何を言っても、涼子は唇を真一文字に結んだまま。
痺れを切らせた山崎は、息を吐いて肩を落とした。
(にぃにもハイシャサンも、あきらめたかな…)
涼子は山崎と向かうように座っていた医者の顔色を窺うように首を倒すと、また小さくんん、と唸った。
喋り出すつもりは毛頭ないと思われる。
実際涼子に虫歯が在るのかというと、わからないというのが現状だ。
しかしわからないからこそ、この歯科検診が必要なのである。
幼い涼子は、虫歯が在ったら怖いという恐怖感にだけ駆られて口を噤んでいるのだ。
「はぁ……しょうがないな」
「ん、ん!」
しょうがないという事は、きっと歯科検診は打ち切られるのだろう。そう考えた涼子はぱぁっと笑って、頬を緩めた。
しかし気を抜いた涼子に、山崎から予想だにしない攻撃が入る。
鼻を、思い切りつままれたのだ。
口を閉じているという事は、この時涼子は鼻で呼吸しているという事になる。
その鼻をつままれたという事は、ようするに…
「ん、……ンあ!」
酸素を欲して、口を開けざるを得ないという事になる。
ほんの一瞬口を開けたその隙に、涼子の口に山崎の指が入り込んだ。
「涼子、ワガママ言うと怒るよ」
ぐに、と延ばされる口角。
その行為と、山崎の威圧的な一言によって口を閉じる事が出来なくなった涼子は、観念して口を開いた。
虫歯予防デー(あー、虫歯になりかけてますね)
(…むしば…ッ?)
(大丈夫、これ位なら薬塗って歯磨きを怠らなければ治りますよ)
(そうですか、有難うございます。 良かったね、涼子。歯磨き頑張ろうね)
(……うん…ガンバル)
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