その正義は悪にもなる(いち)

大和屋鈴視点のTrip*Trap



思えば、黒猫のような大きな男の様を疑わなかったのは、あまりにも無鉄砲だったかもしれない。
けれど、そいつからかけられた「その首の持ち主を、生き返らせたいかい?」という言葉が、俺の心に深く深く突き刺さったのは事実だった。

攘夷志士である、吉田稔麿先生を新選組の奴らに殺され、路頭に迷った俺を拾った金持ちの最低なおっさん。そいつに娼婦のように取り入った俺は、そのおっさんの命を絶って生糸商『大和屋』の若旦那となった。
マオと名乗った黒猫のような大きな男は、そんな日常がゆっくりと確実に歯車を回し始めた時に突然現れた。


「その首を、生き返らせたい?」

にんまりと、猫の口がつり上がる。
その首。先生の首。
首を斬られて死んだ先生の頭蓋骨を黒の漆塗りにしたそれを指差して、マオがそう言った。


生き返るのなら、そんなに嬉しい事はない。
もう一度笑ってほしい。
もう一度声をかけてほしい。
もう一度、俺のいれたお茶を飲んでいただければ本望だ。

もう一度、もう一度…。


「もう一度…会いたい…」


願望を口にしたら、俺の思いは止めどなく溢れだした。心の中、頭の中で渦巻いていたそれが、涙になって流れ出して俺の感情をドロドロと外へ押し出していく。
会いたい。触れたい。声を聞きたい。お茶を用意して、部屋も片して。お誉めの言葉をいただきたい。
あの声で、名前を呼んでいただきたい。
俺の尊敬する先生に、もう一度。
鈴、と。


「私なら、生き返らせる事も出来るよ」

「!」

「でも、私一人では無理なんだ。君に協力を願いたい」

「…なんでも、なんでもする!先生を生き返らせる為なら!」





俺は、大和屋鈴。
大きな生糸商『大和屋』の主人に拾われて、そこの主になった、大和屋鈴。

生きる為なら残飯だって漁ってやるさ。
幸せの為になら、なんだってする。
男とも寝るし、誰だって殺すし、色も使う。

先生を生き返らせる為なら、なんだって。


差し伸べられた人ならざる手を取って、俺は一歩前へと踏み出した。





END





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