底なし愛情を貴方から(いち)



「小百合ちゃん、今日はなにを食べる?」

「んーっとねぇ、…えっとぉ…」


食堂に居た隊士達に問い掛けられて、ゆらゆらと小百合ちゃんの体が揺れる。
悩む時の癖だというそれは、確実に側にいた男共のハートを射抜いただろう。


そんな事を知ってか知らずか…いや、恐らく気付いてなどいない筈なのだが、とにかく小百合ちゃんは首を傾げ過ぎた所為で体が傾いて、横にぶつかった。

うみゃ、と小さく呟いて、顔をあげる。


「ごめんね、さがるん。ぶつかっちゃった…」


さがるん こと、俺、山崎退は、そんな少女に微笑み、大丈夫だと声をかけた。
柔らかかったな、良い匂いしたな、なんて中学生男子みたいな事を思いながら、俺は滲み出る笑みが小百合ちゃんに不快感を与えないように細心の注意を払う。


「あっ、私、だし巻き玉子食べたい!」

ぱあっと笑って言った小百合ちゃんの言葉に、何が食べたいか尋ねた隊士がだらしなく笑った。
取ってくるから席で待っていて、と言った隊士に、小百合ちゃんは首を横に振る。

フラれてやんの!と心の中で悪な俺が囃し立てたけれど、小百合ちゃんはふわふわとした表情のまま隊士に言った。



「あのね、小百合、ご飯作ってくれた人にはちゃんと感謝の言葉を伝えたいの。だから、大丈夫よ」

「…っ、そ、そうかー! じゃあ一緒に行こうか、小百合ちゃん」


なにこの子超良い子ー!
…この隊士がそう思ったかどうかは定かではない。
少なくとも俺は思った。

歩き出した隊士に続いて足を動かした彼女は、楽しそうに食堂のおばちゃんと言葉を交わした。




なんか、さっき『フラれてやんの!』とか思ったけど、寧ろ最初よりいい雰囲気になってるんじゃ…。

危ないから持つよ、とでも言われたのか、小百合ちゃんの手にお盆は乗らずに隊士が二つ運んだ。
お前が片手ずつで持つ方が危ないわ!などとツッコミを入れたいけれど、それはグッと堪える。

置いていかれてはまずい。
小百合ちゃんの見張るという局長にも内緒の任務があるので、彼女から目を離してはいけないのだ。

一番早く出てきそうな物を選んで、出されたそれを持って後ろを振り返る。

けれどどうだろう。
一瞬の間に、小百合ちゃんを見失ってしまった。


(…えぇぇぇ…)

絶句。正にそんな状態だ。

さして広くない食堂を見渡して、だのに自分よりも頭ひとつ分以上小さな黒髪はどうにもこうにも目視出来なかった。


これはヤバい。
なんという職務怠慢、なんという無精、なんて能力がないのだろうか。
俺は手に持ったお盆を落とさぬように肩を落とした。

その時だ、後ろから服の裾を引っ張られたのは。


「さがるん、お昼一緒に食べようよ」

「…っ!」


振り向いたら、そこには女神が……、いや、違う、振り向いたそこには、小百合ちゃんが微笑みながら佇んでいた。


「…え、でも、さっき他のやつらと一緒に…」

「へ? なんかねー、きんきゅーしょーしゅーだって言って、違うとこ行っちゃったの」

「…緊急招集?」



そう反芻した俺に、小百合ちゃんが首を縦に振る。
黒い瞳を瞬かせ、彼女は二の腕の辺りの袖を軽く掴んだ。

さがるんのご飯、冷めちゃうよ。と優しい言葉を唇に乗せて微笑みを湛えた小百合ちゃん。
そんな彼女の昼食こそ、冷めてしまってはいないだろうか。

それを危惧して訊ねれば、それを蹴散らすような言葉が返ってきた。


「大丈夫!小百合、食べるの遅いから、いつもご飯冷めちゃうの!」

「…何も大丈夫じゃなくね? まぁ、早く食べちゃおうか」

「うんっ」


だし巻き玉子楽しみだなぁ、と小百合ちゃんが言う。
軽い足取りで歩く彼女は、なんだか楽しそうだ。

そんな彼女に、様々な隊士からの声が飛んでくる。


「小百合ちゃん、今からご飯? 隣、席空いてるよ」

「ありがとう。でも、もう席は取ってあるから大丈夫よ」


「あ、小百合ちゃん、今度帰りに甘味屋さんにでも行かない?」

「んー、帰りに寄り道しちゃ駄目だって言われてるからなぁ…ごめんね」


「ねえ小百合ちゃん、次の休みは暇?一緒に遊びに…」

「今度のお休みの日はねー、神楽ちゃんと一緒に定春君のお散歩に行く約束してるの!今から楽しみなんだぁ」



ふわふわとした笑顔で、かつハッキリとした言葉で男どもの誘いを切る。
それでも話しかけた隊士達は、鼻の下を伸ばしてだらしない笑みを浮かべていた。

遠くから見張っていると気付かないけど、この子結構手の平で転がすの上手いんじゃなかろうか。


「さがるん、ここ!」

「へっ? あ、うん、有難う」



いつの間にか椅子に座ってテーブルをタップしていた小百合ちゃんに促されて、俺は持っていたお盆をそのテーブルに置いた。

いただきます!と、朗々と唱えた彼女に倣い、俺も手を合わせる。

柔らかい笑みを浮かべた小百合ちゃんは、美味しそうに味噌汁を啜った。
次いで白米を口に運び、それからお待ちかねのだし巻き玉子に箸を付ける。

一口大に切ったそれを頬張れば、そのだし巻き玉子と一緒に幸せを噛み締めるように咀嚼した。

もぐもぐもぐ。
ごっくん。

そんな漫画のような効果音が聞こえそうな様子に、思わず頬が緩む。


手の平で転がされてるのは、俺も同じかもしれないな。
そう思いながら、俺は『今日のおすすめ焼き魚定食』に手をつけた。




底なしの愛情を貴方から



「だし巻き、美味しい?」

「うんっ、美味しい! さがるんにもお裾分けしてあげるね。はい!」

「え、…っ、あ、有難う…っ」

「えへへー、どういたしましてっ」


輝くような笑顔を振り撒きながら、俺の魚の横に一口大の玉子焼きを置いた小百合ちゃん。
やべぇ、これ間接キスなんじゃね?


そんな事が頭をよぎって、思わず顔がにやける。

(なんつーか…幸せってこういう感じなんだろうな…)

俺の事など目もくれず嬉しそうに食事をする小百合ちゃんを、どんな事があろうと守れたらいいな。
そう、思ったのだった。

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