花咲く心に青嵐を(いち)



「小百合は、晋助様のどこが好きなんスか?」


その質問に、小百合は黒髪を揺らして身体を傾けた。
えー?と間延びした声を漏らして、それから柔らかく笑う。花が咲くようなそれに、思わず眉を顰(ひそ)めた。


「わかんないなぁ」

「…え?」

「また子ちゃんは? また子ちゃんは、しんちゃんのどこが好き?」


笑みを湛えたまま訊ねてくるあどけないその頬を両側から掴むと、小百合は小さく唸って顔を振った。
軽く掴んでいただけだから、私の手は簡単に振りほどかれる。そして逆に、その手を掴まれてしまった。


「…なんスか」

「あのね、私、しんちゃんの事、ちゃんと思い出せないの。 しんちゃんの事が好きなのに、お出掛けした記憶も、一緒に居た記憶も、何もないの」

「小百合…」

「好きって気持ちだけ、それだけが独りぼっちで泣いちゃってる…」



最初は笑っていたのに、気付けば小百合は少し俯いて、一点を見つめている。
私の手を解放して、両頬を押さえて泣きそうに顔を歪めた彼女を見て、私はその身体を衝動的に抱き締めた。
驚いて肩をビクつかせた小百合は、それでもすぐに私を抱き締め返す。



「また子ちゃんが好きなしんちゃんを教えてもらったら、私の記憶も戻ってきてくれないかなぁ」

「…思い出せなくても、新しく思い出を作るんじゃ駄目ッスか?」


私の言葉に「あたらしく?」と繰り返す間抜けた声に、「新しく!」と力強く返す。小百合は思い切り頷いたかと思うと、それから抱き締める力を強めた。

…とはいえ、とてつもなく非力なのだけど。


「私、しんちゃんの全部が好き。記憶も思い出もないけど、その気持ちは忘れてないから…だから」

「…だから?」

「これからもよろしくね、また子ちゃん!」



仮初めの記憶に、偽りの感情を持った異世界の姫の笑顔は、純粋無垢なまま飾られた。
どこが好きかと訊ねたのは私なのだけど、思った以上に小百合の頭の中はぐちゃぐちゃに混乱していたのかもしれない。


もし、このままこの存在が定着するなら。

もし、このままこの感情が覆らないなら。


それなら、私は──



「こちらこそよろしくッス、小百合」


身体を離して笑い返せば、小百合は満足そうに破顔した。


花咲く心に青嵐を




今はまだ不完全だとしても、きっと晋助様は魅力的だから本当の感情になるだろう。


だから私は応援するッス、小百合。



雨降り様よりお題お借りしました。

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