君が居なけりゃ始まらない(いち)

 

朝起きて、初めに目に入るのは、白い塊だ。
もふっと丸くなって眠っているそれは、小百合の事をいたく気に入っている大きな犬。

名を定春という。

その向こう側にある押し入れを神楽ちゃんが寝床としていて、その前に布団を敷いて小百合が寝ている。

部屋の格子から覗く空を見る限り、もう日の出は迎えているだろう。


(もうそろそろ起きてくる…かな?)

欠伸をひとつ溢して、布団を畳む。
厠に行って身支度をして、部屋に戻れば定春君は目を覚まして部屋を動き回っていた。


「おはよう、定春君。小百合は…、ん〜、まだかな」

「わん!わんわん!」

「あ、いいよ起こさなくて。小百合の寝顔見るの好きだし、まだ寝かしておいてヨ」

「わん?」


薄暗い部屋には、カチカチと規則性のある音が響く。
それから少しして、微かに聞こえた衣擦れの音。



「…ん、おはよう定春くん…。ふあぁ…」

「わん!」

「んんー…っ。 …あっ!」

欠伸を溢して、伸びをした彼女は、俺の姿を認めて破顔する。


おはよう新ちゃん!
寝巻きの上に羽織を引っ掛けた状態でそう言って笑う小百合が、愛しくてたまらなく思った。


(なんか、こっちに来てから、俺の一日はますます小百合が要だなぁ…)



今の俺の世界は
 君が居なけりゃ
  何も始まらない








「アレ、着替えないの?」

俺の言葉に、小百合は頬を膨らます。
むう、と口で言って、眉間にシワを寄せて俺を見た。


「…いつも言ってるけど、着替える時は部屋から出てってよぉ…」

「減るもんじゃないのに」

「へ、減らないけどっ!」


声をあげた小百合は、顔を赤らめて唇をすぼませる。
小さく唸りそっと腹に手を当て、それから残念そうに呟いた。


「…新ちゃんに見られてお肉が減るなら、小百合のお腹はもっと細くなるのに…」


溢されたそれはなんとも的外れで、しかし小百合らしいなぁなんて目を細める。


わん!と定春君が鳴いて俺の背中を押した。
出ていけって事だろうか。
小百合大好きな定春君らしい働きに、思わず感心してしまった。




そうしてまた、小百合と一緒の一日が始まる。


end

雨降り様よりお題お借りしました。

江戸時代の人は日の出から一日が始まる感覚らしいのでこんな朝のヒトコマ。
万事屋の朝は遅いので、一、二時間は二人と一匹の世界。

ちょっとすると、志村さん家の新八君が出勤してきます。


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