爪弾いて愛の花(に)



万事屋の名前でしぶしぶその場で立ち上がった小百合は、名残惜しそうに山崎を見た。表情を明るくした山崎が、嬉しそうに小百合の名前を呟く。
そんな山崎に対して、小百合は一言「その煮物…明日に取っておいてね」と言った。


「…あ、うん」


淋しそうに答える山崎。
名残惜しかったのは山崎についてではなく、煮物だったらしい。思わず山崎を鼻で笑えば、奴は乾いた笑みを浮かべて小百合の煮物を持って部屋を出ていった。
そんな山崎に続いて、部屋から出ようと歩き出せば、いつの間にか上座から離れた場所に居た近藤さんが小百合の名を呼んだ。
なぁに、と間延びした声で答えようとした小百合の口を押さえて、俺が代わりに応答する。


「近藤さん、ちょっと小百合送って…」

「小百合ちゃーん!次は小百合ちゃんが一発芸やろう!」

「いや近藤さん、聞いてるか?」


明らかに酔っ払っていて俺の話を聞いていない近藤さんは、辛うじて褌一丁だった。
いつ全裸になるかわからぬこの場所に、益々もってして小百合を置いておく訳にはいかない。すなわち、いくら近藤さんの頼みでもさっさと小百合を連れて行きたいのである。
にも関わらず、呼ばれた張本人の小百合は俺の掌から逃れて「じゃあ、おまんじゅうの早食い!」と手を挙げた。


「お、おいおいおい…!いいから早くかえ…」

「小百合ちゃん、それ前も見た事あるよー!」

「確かに、よくやってるよな!」


ははは、と巻き起こる笑い声に、俺は肩を落とす。駄目だ、酔っ払いには俺の言葉が届かない。
饅頭の早食いを一発芸として認めてもらえなかった小百合は、少し唸って周りを見渡す。とある物を見付けた後、意を決したように俺を見上げた。

「トシちゃん、ちょっと待っててね。 終わったらちゃんと帰るから」


そう言った小百合は、芸者の一人に話しかけてソレを借りられるか交渉を始めた。

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