いろいろ煙たい永倉さん



「あ、フミちゃん」


そう言って微笑んだのは、永倉さんだった。
ちょっと気怠そうな永倉さんが、私の元に歩み寄る。

この人は女遊びが激しそうだ。
そう感じた初対面の時から、私は永倉さんに極力近寄らないようにしている。
しているのだけど、何故だか私は永倉さんに気に入られているようで、事ある毎に突っ掛かられているのであった。

何故なんだ。それは永遠に解ける事のない謎である。

少しでも近付かれると煙たいので、出来ればこっちに来ないで欲しい。
でもそんなこと言えない、だってなんか、文句言ったらそのまま丸め込まれてヤられそう。何をやるかなんて、純情な私の口からは言えないわ、うふふ。



「フミちゃん、今から暇?」

「あ、尾関さんに呼ばれてた気がするので無理です〜」

「その雅次郎が、仕事が終わってたら連れてってもいいって」

「すみません、尾関さんじゃなくて島田さんだったかも」

「島田さんもその場にいて「早く帰って来るように」と釘を刺されたな」

「えーっとえーっと、あっ、そうだ、ちょっと母が危篤で父に用事が」

「もうちょっと、ちゃんとした言い訳を考えた方がいいと思うよ、お兄さんは」


にこにこ笑ったまま、永倉さんがそう言った。
微かに怒っているようにも見えるので、早急に謝った方がいいかもしれない。そう思い、私は永倉さんに頭を下げた。

すみません。いや、別にかまわないんだけどね。
そんな応酬が行われ、私はその場を立ち去ろうとする。
けれど永倉さんは私を逃がしてはくれなかった。


え、さっきのが言い訳だとわかってんのなら、もう開放してくれても良くないか?
なんだこの人、頭足りないの?

やだなぁ、舶来の草の煙なんか吸ってるから、臭いだけでなくいろいろ煙たいのかも知れない。
そう思っていると、永倉さんは私の顔を覗きこんできた。



「…フミちゃん?」

「あ、すみません。なんでしたっけ、えっと…私、少し文を認(したた)めたいと思っていたので、もうおいとましてもよろしいでしょうか」

「突然普通の理由を出してきたな…。まぁ、用事があるのなら仕方ねぇか、最近新しく出来た甘味屋にゃ一人で」

「奢りですよね? 同行させていただきます、今から行きますよね!行きましょう!すでに用意は出来ています!よっしゃぁああ!」

「手のひら返しすごいな!」

「何を仰いますか。奉公に来ている身の私が、組長であらせられる永倉さんの誘いを断るなんてある訳ないじゃないですか、うふふ」

「…ん、なんつーかもう、気にした時点で俺の負けなんだろうな」


乾いた笑いを浮かべた永倉さん。
私はそんな永倉さんの隣で、他人の金で甘味を食べられる喜びを噛み締めた。
やったね!最近は甘味屋さんに行く事も出来てなかったから、ほんとに嬉しいぞ!



「フミちゃん気付いてないかもしれないけど、これって逢い引きみたいもんなんだぜ?」


あまりにはしゃぎすぎて、駆け出した私の背中に投げられた永倉さんのその言葉は一切合切耳には入っていなかった。

後日、藤堂さんに顔を真っ赤にされながら「フミさん、永倉さんと恋仲なの?!」と尋ねられたのは、また別の話である。


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