斎藤さんは考えすぎている
昼餉が終わった後、買い物へ行く為に用意していると、斎藤さんが土間へとやって来た。
「あれ、斎藤さん。どうしたんですか?」
「……」
「もしかして、ご飯食べますか?」
尋ねれば、斎藤さんは小さく頷いた。これまた小さな声で「外より、ここが良かったから」と言う。
そういえば、斎藤さんは他の人と市内見廻りに行っていたはずだ。午前中の見廻りだと、帰ってきてから外へ食べに行く隊士がほとんどなのだが、どうやら斎藤さんは屯所で食べるつもりだったらしい。
しかし、もう厨は片付けてしまった後だ。
ご飯はあるので、辛うじておにぎりくらいは作れるが…。
「…おにぎりじゃ、足りないですか? …あ、ですよねー。うーん、申し訳ないですが今回は外で…」
「フミ…」
「え?はい、なんでしょう」
「…一緒に、行かないか?」
突然名前を呼ばれて驚いたが、言葉少なに語るお誘いに、私は破顔して首肯した。
ちょうど買い物に行く所だったので、それを手伝ってもらう約束もする。
「好きな物はありますか?」
「……麺類が…」
「それなら、いいトコ知ってます! 私はお昼ご飯食べてますから、斎藤さんがご飯を食べて私がおやつを食べれる所がいいでしょう?…ふふふ、前にうどん屋さんにところてんが置いてあったのを見掛けたんです」
「…」
「ふふっ、じゃあ、そこにしましょ。えーっと、こっちですよ〜」
先導して歩く私に、それを追って歩いてくれる斎藤さん。隣に来てくれたら会話も出来るのに、どうしてか少し後ろに位置している。
振り向けば首を傾げた斎藤さんと、恐らく目があった。
斎藤さんがこちらに追い付くように、私は足を止めた。けれど彼も、私と同じく歩くのをやめる。距離の縮まらなかったそれに痺れを切らし、私は斎藤さんに歩み寄った。
「…?」
「私の隣には並びたくないですか?」
「…そんな事、ないが」
「じゃあ隣を歩きますよ。せっかく一緒にいるのに、勿体ないじゃないですか。よし、それじゃ行きま…っと、そうだ」
「…っ」
「どうだ!これで後ろには下がらないでしょう!」
その五指を絡めとり、私は斎藤さんの隣を歩き出した。けれど一歩は進んでみたものの、そこから先にはどうにも歩みきれない。
斎藤さんが、足を踏み出してくれないからである。
「…斎藤さん?」
「…」
「えっと…、どうしました? 差し込みとかなら、近場で休んだり…」
「…」
なんか言えや。と、突っ込みたい気持ちを押さえつつ、私は首を捻るしかなかった。肯定も否定も表さないこの人に、私は疑問をぶつける事が出来ない。
でも、何処かが痛むわけでないならば、歩いてくれたっていいじゃないか。
お互いに口を噤んでいると、幾ばくかしてから斎藤さんがいつも通りのか細い声で私を呼んだ。
それに答えれば、彼は少し困ったように唇を開き、そして閉じ、間をおいてまた私を名前を唱える。それにも短く答えると、斎藤さんは私の手を握り返してきた。
「フミは、つまらなくないのか…?」
絞り出すように投げ掛けられた質問は、あまりにも馬鹿げたモノだった。
それは、『何も起きない毎日が』ということだろうか、それとも『俺と居て』ということだろうか。
私は首を捻りながら「いえ、楽しいですけど」と答えると、斎藤さんの顔を見つめた。
「斎藤さんは、つまらないですか?」
「…?」
「私は、斎藤さんと一緒にうどん屋さんに行くこの道すがらも、屯所で皆さんがお仕事をしてるのを支えている間も、とても楽しいです」
「…、……」
「斎藤さんは、私とうどん屋さんに行くのがつまらないですか?仕事をしてるのはつまらないですか?」
「…いや、そんな事は…」
「お互いにつまらなくないのなら、それが答えでしょう」
「……。」
「私は斎藤さんと歩いてて楽しいし、ところてんも楽しみです。それじゃあ、ダメなんですか?」
説き伏せるように噛んで含める私の言葉を、斎藤さんは黙ったまま聞いてくれる。
答えを聞こうと私も口を閉じれば、彼は少し悩んでからその返答を首肯で示した。そして小さな声で、私に言う。
「自分も楽しいし…楽しみだ。 …それで、いいかもしれない」
ふわりと、微笑んだようにみえた。
口角が微かに上がったような、『気がする』だけなのだけど、それでも私はそれが嬉しく感じた。
それから連れ立って向かったうどん屋で、宣言通りにうどんとところてんを買った私達は、ゆっくり食事をしてる所を午後の市内見廻りをしていた永倉さんに見付かって「え、なに、お前ら何してんの?」と訝しげに問われる事になるのだけど、まぁ、それはそれで。
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