はじめましての黒い人
「のぉ、嬢ちゃん。ちくと聞いてもええがか?」
道端を歩いていたら、ひどい訛りでそう尋ねられた。
確実に私に言った。けども、何を言いたいのかよくわからないので、私は聞き取れなかったふりをして、会釈と愛想笑いで前を通り抜ける。
そういえば、不逞な輩が増えてるから気を付けろと尾関さんに言われたな。
なるほど、あれが不逞な輩か。
「なんじゃあ、甘いモンでも食いながら、ちっくと話でもどうぜよ」
あ、不逞な輩っていうか、この人ただの軟派者なんじゃねぇのか。
後ろからついてくる背の高い男に、私は首ごと振り向いて顔を確認した。
全身黒ずくめで、にやにや笑ってて、顔に昇り龍の彫り物がある。うん、完全に知らない人だわ。
「つれん女ぜよ…。おんし、新撰組んトコのおなごじゃろ?」
「…はい?」
「お、やっと反応したにゃー。ほぉあいつら、こげなおぼこいおなごに入れ込んどるっちゅうがか」
「…今バカにされた気がしたんですけど」
「おん? あー、気のせいやき」
気のせいではないだろう。そう思いながらその人から目を離し歩き出して、逃げるべく突然走り出す。
が、それは叶わず腕を掴まれてしまった。
ちくしょう。
「おっと! 急に走り出すたあ、はちきんだにゃー…。でも逃がしゃあせんぜ…よっ?!」
余裕そうなその男に、苛立ちが募る。私は腕を掴まれたまま前に足を踏み込んで手をその人の方へ押すと、男が怯んだ瞬間に思い切り腕を振り払った。
そして、男の脛を蹴り上げて、痛がる男の顎に握り拳を打ち込む。
「っでぇ!」
「伊達に男衆の中で生きてませんのでね! あっやべ、早く逃げなきゃ」
「…まっ、待つ…ぜよ…!」
「誰が待つか、軟派者め!」
私はそう吐き捨てて、屯所へと走って帰ったのだった。
帰宅後、最初に会った沖田さんに「買い物帰りに顔に昇り龍の彫り物が入った人に話し掛けられたんですけどね」と世間話をしたら、物凄く怖い顔されたので、この事は胸に秘めておこうと思う。
撃退した事まで言えてたら、多分ものすごい絶賛されたと思う。
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