島田さんとトゲ抜き

(島田さん視点)


それは、昼餉の片付けをしている時の事だった。
土間の外にある井戸の側で洗い物をしていたフミちゃんが、小さく叫び声をあげて土間に戻ってきた。
どうかしたのかと声をかける前に、彼女の方から必死の形相で言葉が飛んでくる。

「トゲ抜きってどこにありますか?!」

どうやら、菜箸のささくれが指に刺さってしまったらしい。
左手の人差し指に深々と刺さったトゲは、簡単には抜けなさそうだ。

「確か薬箱に入っていたと思うが…。今探してくるから、座って待ってな」

「じっ、自分で行きます」

「片手不自由で探すのは難しいだろ。素直に待ってなさい」


左手を押さえたままのフミちゃんは、一瞬言い淀んで上がりかまちに腰を下ろした。うんうん、素直で良い子だ。

部屋に上がって少ししてから、薬箱と一緒にトゲ抜きを持ってフミちゃんの元へ戻れば、彼女は同じ場所に座ったまま痛みに耐えて眉を顰(ひそ)めていた。

「し、島田さん…っ、ちょっと自分じゃ無理そうなので、やってもらっても…良いですか…?」

「あぁ、いいよ。どれ、見せてごらん」

「結構深くて…、ま、回りの方を触っただけでも激痛が…っいだだだだっ!無理ですうわぁぁん!」

「ちょ、フミちゃん?! もうちょっと我慢してくれると助かるんだけどなぁ…」

指をつかんでトゲ抜きをしようとすると、その反動すら痛いようで思い切り払い除けられてしまった。
謝りながらも「でも無理です!」と叫んだフミちゃん。俺は考えた末に、ひとつの提案をした。


「わかった。フミちゃんが動かないように、ちょっと後ろを失礼するよ。後ろから押さえてしまえば、逃げられないだろ」

「面目ないです…、じゃあそれ…で……、…ん?後ろから?」

胡座をかいた俺の膝に背中を向けてフミちゃんを座らせ、後ろから抱きすくめるように左手を押さえる。
密着する身体に、フミちゃんは動きを止めた。

「ひゃっ、し、しまださん…」

「少し静かに…。んー…これは集中しないと上手く取れんかもしれないな」

「ん…っ、だ、黙るので…頑張ってください」


身を縮こませたフミちゃんに、俺の頬は緩んでいく。
年の離れた妹のような少女に、俺は和んだり心配したりといつでも翻弄されっぱなしだ。


「ふ…っ、んん…っ」

「フミちゃん、息を詰めてると具合によくないだろ。ちゃんと呼吸は…」

「ん、ふあ…っ、ム、ムリです…っ。ひっ、痛くて…、それどころじゃ…ううぅぅっ、島田さん一思いに、一思いに抜いてくだ…っさ…いぃったたたた」

「別に焦らしてるつもりはないんだけどなぁ」

「やっ、動かさないでくださ…っ! あっ、早く抜い…んぅぃぃぃ…!」


必死なフミちゃんに、俺の指先にも緊張が走る。けれど集中すればするほどに、フミちゃんの傷に負担をかけているようだ。
一思いに、というフミちゃんの言葉に従って、俺は深々と刺さったその棘をトゲ抜きで掴み、一気に引き抜いた。

「…ひっ…!」

「あぁ、ちょっと待って、血が」

「んううう…っ!」

トゲを抜いた瞬間、その傷口から赤い血が溢れ出す。それを見てか、フミちゃんは唇を噛み締めて硬直した。
すかさず指の付け根を掴んで止血をすると、側に置いていた薬箱を手繰り寄せる。

「…フミちゃん、ちょっと手を高めに上げてて」

「はぅ、んぅう…っ」

「大丈夫、そんなひどい怪我じゃないよ。…ほら、泣かないで」

「…っごく、痛くて…! 抜けて…うぅぅ…良かっ…た…」

ポロポロと流れていく大粒の涙が、フミちゃんの頬から俺の腕に落ちてくる。抜いたトゲは思った以上に大きなもので、これは相当痛かったのだろうと予測出来た。
包帯が巻かれていく指先を見ながら、フミちゃんは俺に背中を預けたまますすり泣いた。
俺はそんなフミちゃんの頭を軽く撫でる。


「よく我慢したね、お疲れ様」

「…んっ、ふ、…こっ、こちらこそ、有難うごじゃいました。島田さんが居て良かったれ、す」


俺の膝から立ち上がったフミちゃんは、頭を下げてそう言った。そして井戸に戻ろうと足を動かしてからその手を見つめる。

あぁ、そうか。今その状態で水に触れる訳にはいかないだろう。けれど吹っ切れたのか、「洗い物終わらせてきますね」と頬笑む。

…いやいや、それはあまり良くないんじゃないか?


「フミちゃん、しばらくは手が濡れるような事はしなくても」

「でも仕事ですし…」

「うーん…とりあえず、今の残ってる分は、そこにいる雅次郎にやらせとくから」

「え? えっ、尾関さんいつの間にそこに…!」


部屋の端の方で俯いて黙っている雅次郎に、フミちゃんは喫驚の声をあげた。言葉を聞くに、雅次郎がいる事に気付いてなかったようだ。
実は薬箱を持ってきた時に一緒に来たのだけど、痛がるフミちゃんの声に過敏に反応して今も部屋の隅でブツブツと何かを唱えている。


「…お任せして大丈夫なんですか…?」

「大丈夫、大丈夫。フミちゃんは門前の掃除しててもらえるかな」

「うぅ…じゃあ、お言葉に甘えて…」


ぺこりと頭を下げたフミちゃんは、軽い足取りで土間から出ていった。
あぁ、やっぱり素直でいい子だな、フミちゃんは。俺は出してきた薬箱を片付けて、やりかけの仕事をするべく上がりかまちから土間へ降りる。


しばらくして我に返った雅次郎に、「羨ましい、ずるい」と漏らされたのは、なんだか理不尽だと思った。



島田さんはヒロインにとっても年の離れた兄のような存在で、なのでどうしても甘えてしまう所があります。
という設定で進んでます。



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